奥深く多様なチーズの世界と
ヤギチーズという食の選択肢
チーズのなかでもヤギにこだわるのは、理由があります。それは、料理好きでもある忠裕さんが、出張でヨーロッパを訪れたときに感じたことでした。
「父がよく話していたのは、海外のスーパーに行くと、チーズやバターの売り場には牛だけじゃなくて当たり前のようにヤギも並んでいて、ミルクだっていろいろあるということ。ヤギのミルクは栄養価にもすぐれているし、消化吸収も早いので、健康志向の人はもちろんアスリート、そして赤ちゃんやお年寄りにもいいもの。それなのに、日本ではまだまだ選択肢として少ないということでした」
ヤギのミルクを飲んでみると、多くの人がイメージするクセのようなものは一切感じられず、さらりとした飲み口と澄み渡るような味わい。牛乳よりもあっさりとした後味で、ヤギミルクを好む人もいるでしょう。
〈Y&Co.〉のヤギチーズはヤギのミルクと富山湾の海洋深層水からつくられる塩。そして、標高3000メートルの立山連峰がもたらす豊かな水。そのほかは無添加。シンプルであるからこそ、素材の質がダイレクトにチーズへと反映されます。
代表的なものは「カプリーノ」というソフトタイプで、一般的にシェーブルチーズといわれるもの。セミハードタイプの「ラ・カプラ」は、5キロほどの大きな玉に形成したあとに海洋深層水に漬け込み、塩味を入れていくというつくり方が特徴です。
チーズづくりの修行先を決めるにあたり、東京で手に入る限りのヤギのチーズを取り寄せては食べ比べをし、味や香りを何度も確かめるといったリサーチを何度も行っていた朋美さん。
「フランスだと、比較的短時間熟成で、深めの赤ワインと合わせるようなしっかりとした味のチーズが多かったりしますし、イタリアのように料理にチーズをたくさん使うところでは塩味の余白があるもの、味が強すぎないものをつくっています。ひと言でヤギのチーズといっても本当にいろんな種類がありましたね」
地元の食材と一緒に料理にも使ってもらうなら、チーズもイタリア系がいいだろうと考えた朋美さんは、自らが食べておいしいと思ったヤギチーズのつくり手に会うべく、イタリア・ロンバルディア州へ。師匠のグアルベルト・マルティーニ氏に教えてもらっては帰国し、黒部の工房で試作したものを持参して師匠の元へ出向くといったかたちで2年間通い続け、チーズづくりの技術を身につけました。
師匠からの薦めもあり、2015年にイタリアで開催されたヤギチーズ・ヨーグルトの世界大会に出品し、アジアの工房では初となる最高賞を受賞。「黒部のヤギチーズ」の名を世界に轟かせたのでした。
「チーズづくりの工程そのものは、どの工房でもそこまで大きく変わらないと思います。ただ、ヤギの飼育から加工まで一貫して同じ場所で行っているところは多くありません。私たちは毎月ミルクの乳質検査を一頭ずつ行い、全頭のヤギの状態を把握しています」
黒部市内でも、この場所であることに意味がありました。「ミネラル分を多く含んだ潮風が牧草に当たり、それをヤギが食べるから、海の近くで育ったヤギのミルクはおいしくなる」と、牧場を視察で訪れたイタリアのチーズ協会の関係者が教えてくれたといいます。
一方、まだまだ国内ではヤギ専門の牧場が多いとはいえず、兼業している酪農家も少なくないのが現状。その背景にあるのはやはり経済的な理由で、1頭のヤギから1日にとれるミルクの量が少ないことや、1年のうちの約半年という限られた期間でしか搾乳ができないことなどが挙げられます。
「牛の場合は通年で1日に約20キロとれるのに対し、ヤギの場合は最大でも2キロ。乳量が少ないことと搾乳期間が限られているのがネックになりますね。それゆえに価格がどうしても上がってしまいます。日本でのヤギチーズの認知やシェアが広がっていけば、生産者やつくり手がもっと増えていくかもしれません」