夏の朝、いつもと同じように郵便受けから朝刊を取り出すと、青い立山がデザインされた紙に新聞が包まれていた! 2014年8月2日、富山の人たちに驚きと共に爽やかな気持ちを呼び起こして〈富山もようプロジェクト〉がスタートしました。
この日から4日間「TATEYAMA」に続いて、「SHIROEBI」「GARASU」「MIZU」と富山が誇るモチーフをデザインしたカラフルな“もよう紙面”が、〈北日本新聞〉とともに届けられ、その後もプロジェクトを展開。デザインは、〈マリメッコ〉や〈カンペール〉のデザインをはじめ世界的に活躍するテキスタイルデザイナーの鈴木マサルさんが手がけています。
富山の朝を彩った新聞史上初!
4日連続のラッピング紙面
カラフルにデザインされた紙面で新聞を包んで配達することから始まった〈富山もようプロジェクト〉。プロジェクト開始の2014年は北日本新聞創刊130周年で、その記念の一環として始まりました。プロジェクトの合言葉は「富山のいいもの、もようにしたら、富山をもっと好きになる」。デザインを担当したのは、テキスタイルデザイナーの鈴木マサルさんです。
4日も連続でラッピング紙面を行ったのは、新聞史上としても初の試みだったそう。富山らしいモチーフをカラフルにデザインしたもよう紙面は思いがけないプレゼントのようでした。受け取った人たちは、その紙を折ってエコバッグを作ったり、包装紙として使ったりと、楽しく有効活用。〈北日本新聞社〉には「もっと欲しい!」「どこで買えますか?」といった問い合わせや多くの反響が寄せられたそう。
2015年3月14日の北陸新幹線開業時には、お祝いのもようとして「SHINKANSEN」が誕生し、やはり新聞を包んで配達。桜の花が咲き誇る中に北陸新幹線が行き交うデザインには、県の花、チューリップも添えられています。高岡の土蔵造りのまち並みをモチーフにした最新のデザイン「DOZOU」を含めて、現在は14種類まで増えました。
印象的な取り組みとして、2021年には〈富山県美術館〉1階のTADギャラリーで『鈴木マサルのデザインとみんなの富山もよう展』を開催。会場は壁や天井まで富山もようの「RAICHOU」や「KAISEN」をカッティングシートで配置。もよう紙面で作ったたくさんのエコバッグを天井から吊るして飾りつけ、もようの原画やスケッチなども展示され、地元の方々からも大好評でした。
会場では、鈴木マサルさんのインタビュー、制作過程を納めた映像作品も上映され、富山の魅力が鈴木さんの視点を通して作品に落とし込まれていく様子に熱心に見入る来場者の姿も。イベントの告知には新聞と同じ素材と印刷方法で作られたチラシを配布するなど、準備の段階から富山もようの世界観を身近に感じられ、生活を彩るデザインの魅力をお届けしました。
あの日見られなかった「RAICHOU」が、
富山の雪景色を走る!
現在、大きな注目を集めるのが 〈富山もようトレイン〉。「RAICHOU」のデザインで覆われた富山地方鉄道の電車が運行されています。2両1編成の「カボチャ電車」という愛称で親しまれている電車に、「RAICHOU」の赤い背景や、白や茶、黒の羽毛に覆われたライチョウの姿を描いた特製シートが貼り付けられています。たくさんあるもようのなかから「RAICHOU」が選ばれたのはビビッドな色合いが、電車が走る立山山麓や田園地帯の風景に映えるから。沿線にある保育園の子どもたちからも「ライチョウ電車!」と大人気です。
雪景色のなかを颯爽と走る様子は、観光客や鉄道愛好家にも好評。SNSに写真が投稿されて話題になっています。ラッピング電車にも利用されている「RAICHOU」は2015年に発表されました。
デザイナーの鈴木さんはリサーチのため、たびたび富山を訪れていますが、特に「RAICHOU」のリサーチで訪れた時の思い出が印象に深く残っているとか。
「季節は秋の始めで、僕は薄いダウンジャケットにスニーカーという軽装で富山を訪れました。ライチョウを観察するのは、動物園や資料館のような場所だと思っていましたから。
その僕に担当の方が言ったのが『明日の朝4時出発で山に行きましょう!』」
富山の県鳥であるライチョウが生息しているのは、室堂平など立山のなかでも標高の高い場所です。10月中旬でも平均気温は6~8℃ほどで、真冬なみ。厚手のダウンコートが必要な寒さです。ハイキングに出かける程度の服装をした鈴木さんは、重装備をした登山客に交じって立山アルペンルートを使って室堂まで辿り着きました。
早起きをして、寒い思いをして出かけたのに、なんと結局ライチョウには出会えなかったのだとか。しかし、山では平野部より早く紅葉が始まっていました。「紅葉で赤く燃える山からアイデアが浮かび、『RAICHOU』の背景が赤になりました」と鈴木さん。
「RAICHOU」のデザインに限らず、鈴木さんが富山をリサーチのために訪れて対象物に遭遇できる確率は50パーセントほどと、どうも高くありません。「TATEYAMA」は天気が悪くて、その姿がきれいに見えず、「SHIROEBI」は水揚げがないというタイミング。ですが、「対象物を見られなかったときのほうが、みなさん一生懸命に表現して説明してくれます。その言葉や熱心さからイメージが湧いてくるんです」と鈴木さん。
富山に住む人が感じていること、対象物への愛情をくみ取ってデザインに落とし込むことが大切だと話します。
2024年にはプロジェクト10周年を控え、14種類のデザインができあがった今、鈴木さんが感じる富山の魅力を聞いてみると、やはり食べ物なのだとか。「富山の人たちはもっと自慢したらいいと思いますよ」と鈴木さんも太鼓判。「派手な名物というよりは、むしろ一見控えめなもののなかにクオリティの高いものが隠れています。それがすごくいいところだと思います。おかげで通になったかのように楽しむことができるので、富山を訪れること自体がとても好きです」と富山のディープな魅力を発見することを楽しんでいる様子です。
県内企業とのコラボグッズ多数!
地域の人たちと新聞をつなぐ役割も。
〈富山もようプロジェクト〉がスタートして9年。2019年にはグッドデザイン賞『グッドデザイン・ベスト100』にも選出。地元企業や自治体からも賛同され、富山もようの柄を使ったコラボグッズも多数展開されています。例えば、富山市八尾で和紙製品を製造・販売する〈桂樹舎〉の名刺入れや、医薬品などのパッケージ印刷を手がける印刷会社の〈富山スガキ〉が“富山の売薬”に縁が深い紙ふうせんを製造するなど、地元企業とのコラボレーションのなかにも富山らしい魅力が滲みます。
コットン繊維に関する高い技術を持つ富山市の企業〈セルダム〉の高品質コットン素材「フェザーコットン」を使用し、愛媛県今治市の〈吉井タオル〉で織り上げています。肌触りのなめらかさはもちろん、吸水性、通気性、耐久性にすぐれたタオルは、ギフトやお土産にもぴったりです。
実際の紙面と違って裏面が無地になっているので、用途に合わせて加工しやすくなっています。包装紙として使うのはもちろん、エコバッグ、オーナメント、ちぎり絵、マスクケースなどの材料として楽しく利用されています。デザインのどの部分を目立たせるのかが、一番個性が出る部分なのだとか。
新聞販売店によって新聞紙の活用法をレクチャーするワークショップも県内各地で開催。新聞と地域の人たちとのつながりにもひと役買っています。当初4日間のラッピング紙面を読者に届けるところからはじまった〈富山もようプロジェクト〉。地元企業や自治体とのコラボレーションや商品化を通して、活動の輪が広がっています。
10周年となる2024年には、一層楽しい企画が登場する予定とのこと。富山を訪れてみると、これからますます富山もようを見かける機会が増えそうです。
テキスタイルデザイナー。ファブリックブランドOTTAIPNUを主催し、色鮮やかなプリントファブリックを中心に生地本来が持つ魅力にあふれたコレクションを展開している。自身のブランド以外にも、マリメッコ、カンペール、ユニクロなど、国内外のさまざまなブランドからテキスタイルプロダクトを発表。2015年、富山の魅力をパターンデザインで表現した〈富山もようプロジェクト〉で第35回新聞広告賞を受賞。
credit text:野崎さおり