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「SABUROMARU DISTILLERY」と焼印された樽が並ぶ
gourmet, lifestyle

富山県でしかつくれないクラフトウイスキー
〈三郎丸蒸留所〉の挑戦と軌跡 | Page 3

series|クラフトマンシップ・オブ・トヤマ

ウイスキーと持続可能性は、
切っても切れない関係

ウイスキーは長い時間をかけて完成する酒です。20年、30年という時間をかけていくなかで、その間に自然環境が変わってはつくることができません。だからこそ、当たり前のように持続可能なものづくりが求められます。

「SABUROMARU DISTILLERY since 1952」と焼印された樽が並ぶ

三郎丸蒸留所では、環境負荷を減らすための取り組みを積極的に行っています。例えば、蒸留の際に発生する熱を再利用するプレヒートタンクの導入により、年間で約30%、約70トンものCO₂削減を実現しました。

「ウイスキーはロングタームのビジネスなので、初期費用が多少かかっても環境保全やエネルギーの節約は、将来的に考えれば大きなこと。長く続けていくうえでは欠かせない視点です」

初期投資を仮に10年で回収するというと、それなりに時間がかかるように感じるが、ウイスキーにとってはそれほど長いわけではないのです。

円形の鏡板に「MIZUNARA」と印字されている
鏡板がミズナラでできたウイスキー樽。

木という自然素材を使って、樽の事業もスタートしています。樽のほとんどは海外からの輸入で、国内に樽工場は少なく、メンテナンスも簡単ではありません。材料となるオークはすぐに生長するわけではなく、樽の需要の高まりに生産が追いついていない状況です。

そこで稲垣さんが目をつけたのが、「ジャパニーズオーク」と呼ばれる日本特有のオーク材、ミズナラ。富山県にも多く自生していますが、その発端は全国の森林で問題になっている「ナラ枯れ」でした。ミズナラを樽にして活用していけば地場産業の活性化になるし、森林保護にもつながります。

水くみ場の蛇口から水が流れている
敷地内にある水くみ場が開放されている。地域の人たちがくんでいくという。

「ウイスキーは特に水がないと成り立たない商売です。木を伐って樽にして付加価値をつける。その収益でまた木を植える。そうやって水資源を確保していきます。渓流釣りを30年以上やっていて、山に入って肌で感じたことです」

南砺市の井波地区には「井波彫刻」という木工の伝統技術が残っています。その井波にある〈株式会社島田木材〉の協力により、「三四郎樽」が完成しました。ウイスキーに使う仕込み水と同様の水で育ったミズナラからできた樽。相性が悪いわけがありません。

取材に答える樽職人の祝迫智洋さん
祝迫智洋さんは、鹿児島の焼酎メーカーで樽製造に携わり、〈Re:COOPERAGE〉の職人としてジョイン。国内では樽職人は50〜60人程度といわれ、なかでも和樽と洋樽を扱うことができる職人は極めて少ない。

また、樽を修理・再利用する工房〈Re:COOPERAGE〉も設立しました。樽は乾燥するとゆるんでくるのでタガを締め直したり、割れた箇所を交換したりします。「ジャパニーズウイスキーを産業にしたい」という理由から、自社の樽のみならず、全国から樽の修理も請け負っているといいます。

稲垣さんいわく「ウイスキーにとって、樽は容器ではなく原材料」。たしかに樽が味や香りの大きな部分を左右します。そういう意味では樽づくりも酒づくりの一環なのでしょう。

時を超えるウイスキーを富山の地で

持続可能性という視点は、環境負荷の低減だけにとどまりません。三郎丸蒸留所が何よりも大切にしている地元への恩返しが、持続可能性を語るうえで大きなポイントです。

1953年の火災で蒸留所が全焼したとき、再建を支えてくれたのは地元の人々でした。数百人もの人が復旧作業に駆けつけ、蒸留所の再生を手助けしました。その恩を忘れず、今も三郎丸蒸留所は地域とともに歩んでいるといいます。

観光資源としての蒸留所の開放を進めることも、地域経済の活性化にも貢献しています。

レストランやバーがある〈若鶴 令和蔵〉外観
レストランやバーカウンター、囲炉裏などがある〈若鶴 令和蔵〉。役目を終えた樽材などで燻製なども楽しめる。

「地元があるからこそ成り立っているビジネスであることを痛感しています。だからこそ、環境と地域の両方と向き合わなければなりません。そして地域に根ざしながらも、世界に自分たちの存在を発揮していきたい」

大きく「若鶴」の文字が掲げられた昭和蔵松庫の外観

現在、三郎丸蒸留所には年間33000人が訪れています。台湾をはじめとする海外市場にも進出し、国際的なコンペティションでも金賞を受賞するなど、世界からの評価も高まっています。

「ここを拠点に、富山のクラフト文化を世界に発信したい」

その思いは、ウイスキーだけにとどまりません。蒸留所内には〈レストラン令和蔵〉がオープンし、滞在時間を伸ばす工夫も進められています。

「ウイスキーを通じて、富山の魅力を知ってもらいたい」と語る稲垣さんの目は、未来を見据えています。

三郎丸蒸留所の挑戦は、ただウイスキーを造るだけではなく、土地に根ざし、地域とともに歩むことで、より豊かな未来を築いていくことなのです。時の流れとともに進化し続けるウイスキー。その一滴が、世界の人々に届き、愛される日もそう遠くはないでしょう。

Information
三郎丸蒸留所
address:富山県砺波市三郎丸208
Web:三郎丸蒸留所
※蒸留所見学のお申込み・お問い合わせは、公式HPから

credit text:辰巳健太 photo:竹田泰子

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