富山出身であることが財産に。
「好き」を貫き、ストーリーを描き続ける
作家、舞台演出家・松澤くれはさん | Page 3
series|I’m Your Home. ~挑戦する君へ、先輩たちの言葉~
生まれ育った富山の原風景が
クリエイティブの源になる
在学中から少しずつ脚本を書き始めていたという松澤さん。卒業する頃には役者活動はほとんど辞めて脚本を書くことにシフトしていたが、そこには彼なりの「打算があった」という。
「役者と脚本家、どっちのほうが食べていけるだろうと考えたときに、役者で食える可能性は競争の倍率が激しい。役者として勝負するよりも脚本を書けるほうが仕事があるんじゃないかと考えたんです。
書くといってもレベルがあると思いますが、とりあえず最初から最後まで書き上げて上演する、ということは何回かできていたので、最低限カタチにはなる。もちろん、僕よりもうまい脚本家はいっぱいいます。でも、脚本って相対的な優劣じゃないと思うんですよね。
例えば役者は、オーディションでこっちのほうがうまいとか、彼のほうが役に合っていると選別される。でも脚本なら、『この人にしか書けないものをつくってるよね』と言われるようになれば、ある種オンリーワン。そうすれば売り物になるし、この作品をプロデュースしたいと言われるまではとりあえずがんばってやってみよう、みたいな感じでしたね」
その人にしか書けないオンリーワンを模索したとき、松澤さんにとってそれは、地元富山を題材にした作品につながったという。
「“上京もの”というジャンルは世の中に結構ありますが、東京と富山を相対化して描いたり、東京の人が知らないものを持ち込んだり。方言を使うとそれだけでキャラが立つので、富山弁だけの芝居をつくってみたり。
例えば、初期に手がけた『立山三部作』のなかで、地元でくすぶっている女性を描いた作品があります。立山はとても美しくて神々しい連峰だけど、自分の人生を取り囲んでいる壁のような圧迫感があって忌々しい存在として描いたんです。ただのきれいな景色で終わらない、その表裏一体みたいな感覚って、たぶん地方から出た人間じゃないとわからないと思うんですよね。
地方出身者って、わりとそのことを隠しがちですが、むしろそれこそ財産だなと気づきました。無理に東京人ぶってもダサいだけなので、自分のルーツに忠実であろうと思ったんです。そのことに気づけたことも、地元を出てよかったことのひとつですね」
演出家、脚本家、そして小説家としても活躍する松澤さんだが、2023年からはテレビ東京系アニメ『ポケットモンスター』のシナリオコーディネーター・脚本も務めている。実は高校生で演劇に出合うまで、彼がとにかく熱中していたのがポケモンだ。
「小学生のときからポケモンが大好きだったんです。中学生のときはポケモンのゲームをやり込んで大会にでたり、仲間内でサークルをつくって自主イベントを開催したり。中学の3年間は、本当にポケモンばっかりやっていましたね。
そんな人間が巡り巡って、大人になって大好きな作品のシナリオを書いているなんて夢のようで、我ながら本当にすごいことだと思うんです。というか、振り返ると、これまでずっと好きなことしかやってないですね(笑)」
自分の好きなことを貫き、信じてやり続けた結果、夢を実現できた松澤さん。だからこそ、若者たちへ声を大にして伝えたいことがあるという。
「最近はSNSやネットの情報を見れば、『稼ぐならこう生きろ』とか『勝ち組人生はこうすべき』みたいな情報がすごく溢れていると思うんです。でも、そういう声に振り回されないでほしい。もちろん身近な人や経験者の話を聞くことは大切だと思います。でも、自分の人生を決めるのは自分。ネット上のよく知らない人の言葉に惑わされないで、自分の人生を生きてほしいなって強く思います。
そして、興味を持ったらまずは軽い気持ちでいろいろやってみたらいいと思う。失敗したらどうしようなんて悩んでいても始まらない。興味に関しては間口は広く、いろいろやってみるなかで、これは意外といけるかも、もっと掘り下げたいと心奪われるものに出合えたら、そこから本気になったって遅くない。
好きなことを続けていれば、大好きなポケモンのシナリオライターにだってなれるんだよ! って、身をもって伝えたいですね」
富山県富山市呉羽町出身。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。演出家、脚本家、小説家。劇団〈火遊び〉代表。小説を原作とする作品の舞台化を手がけるほか、多数のオリジナル作品の脚本・演出を行っている。2018年、自身が脚本・演出を務めた『りさ子のガチ恋♡俳優沼』で小説家デビュー。日テレ系 新日曜ドラマ『ネメシス』のスピンオフ小説やテレビ東京系アニメ『ポケットモンスター』のシナリオコーディネーター・脚本を務めるなど、さまざまなジャンルに活動の場を広げている。
Web:I’m Your Home.
credit text:西野入智紗 photo:ただ