
地元に恩返しがしたい。
富山発のプロジェクト〈ATAWARI〉を立ち上げた
音楽家・TAIHEIさん(Suchmos/賽) | Page 3
series|I’m Your Home. ~挑戦する君へ、先輩たちの言葉~
県外に出たからこそできる、
富山と東京のいいとこどり
東京で活動するなかで、地元である富山のことを思い出すことはあったかとTAIHEIさんに訊ねると、若い頃とは心境がまったく変わったことがうかがえた。
「18歳で富山を出るエネルギーになったのは『何もない、足りない!』みたいな感情だったのですが、いまは逆に『全部あるじゃん!』と感じているんですよね。ガラス文化が盛んなのもまったく知らなかったですし、やっぱりお酒を飲めるようになってから帰ると、富山は最強なんですよ。『うまい! 安い! マジで!?』って(笑)」
富山の良さを再発見するなかで同時に感じたのが、まちに活気がなくなっていることだったという。
「地元に帰ってくるたびに両親から学校の生徒数や人口が減っているという話も聞いていましたし、地元に帰った友だちからも『まちに全然元気がない』と聞いていたんです。それから地元である富山に対して、恩返しをしたいと感じるようになりました」
その“恩返し”のひとつが、富山でセカンドキャリアを始める移住者を増やすきっかけとなるための音楽フェスティバルの開催だ。
「富山でチームをつくり、東京で知り合ったトップミュージシャンのみなさんにお願いして来てもらい、お酒やガラスや陶器といった富山のお店を出店する、最大来客数3千人くらいの音楽フェスティバルをつくれないかと考えていたんです。
そんなことを考えていたコロナ禍の初期に、富山県内で会社と劇場の運営や、イベント企画をされているプロデューサーの田辺和寛さんとインターネット上で知り合ったんです。知り合った数日後に田辺さんに会いに行って、考えていたことを話したらおもしろがってくれて。それから一緒に音楽プロジェクト〈ATAWARI〉の活動を立ち上げたんです」
これまで2022年秋にTAIHEIさん率いる賽(SAI)と田島貴男さんによるライブイベントを、2024年春には七尾旅人さんをゲストに招いたチャリティーライブを開催してきたATAWARI。プロジェクトとしては、まだ旗が揚げられたばかりだが、TAIHEIさんとしては長期的に活動を続けていくことを見据えているようだ。
「もしATAWARIがうまくいったら『富山県でも成功したなら、うちの県でもできるのでは?』と、やり方を県外の方々が聞きに来ると思うんですよね。そうしたらノウハウは全部共有しようと思っています。まだ俺たちも、10年続けてどうなるかという話をしている段階ですが、富山から始める意味もそこに感じています」

また、家族といるときも富山を再び盛り上げるためにはどうしたらいいかと、学校の校長である父親、音楽だけでなく食育の先生もしている母親、地方創生に関わるプロジェクトの仕事をしている妹とも自然に話をしているそうだ。
「40歳になるまでに、音楽でも食育に関することでもいいのですが、一度母と何かをやってみたいなとも考えています。いまはSuchmosだけでなく、自分のバンドのプロジェクトを軌道に乗せるのに時間を使っているのでなかなか難しいのですが、活動が安定してきたら実現させたいです」
地元・氷見市の防災行政無線のメロディ『日日(にちにち)』を作曲するなど、東京に拠点を置きながらも、地元のための活動も実現しているTAIHEIさん。そんな彼から、県外に出て挑戦したいという若者たちへぜひ伝えたいことがあるという。
「『自分は無知であり、ひとりでは何もできない』という根本を忘れずに、信頼している人からの言葉を素直に受け入れる精神と、根拠のない自信のふたつだけを持っていれば友だちも少しずつ増えていって、時には勢いで突破できることもあると思います。
あと、反抗期の高校生は全員一度、県外に出たほうがいいと思いますね。俺も高校のときは反抗期だったんですが、上京して3日目に自分で洗濯しないといけないことに気づいた瞬間、反抗期が終わりました。速攻で母親に電話して『いままですみませんでした』って謝りましたよ(笑)」

そして、もうひとつ伝えてほしいとTAIHEIさんに言われていたのが、こんなメッセージだ。
「富山から県外に出て、音楽でも映像でも洋服でも、何かを表現して一旗揚げたいと考えている人で、俺と会って話してみたいという人がもしいたら、いつでもお酒を酌み交わしましょう」

富山県氷見市出身。洗足学園音楽大学 音楽・音響デザインコース卒業。ロックバンド〈Suchmos〉鍵盤奏者。クラシック音楽、ジャズ、R&B、ヒップホップなどの幅広い音楽に習熟し、ルーツミュージックに重きを置く。自身がリーダーを務めるバンド〈賽(SAI)〉の活動に加え、劇伴音楽制作やアーティストサポートなど、幅広く活動中。
Web:I’m Your Home.
credit text:林みき photo:ただ