これが富山の本気!
フットワークのよさを生かして切り取る
「冬の富山」の静と動
射水市を拠点に富山県内のあちこちで撮影を行うイナガキさん。「#富山の本気」のハッシュタグとともに投稿した富山の風景写真が、たくさんの人たちの心を癒してきました。
イナガキさん自身もカメラを持って県内を巡り撮影を続けてきたことで、それまで何気なく目にしていた景色が、季節や撮影場所によって違う表情を見せることに気づいたといいます。
カメラをきっかけにきれいなものを見つけることがうれしく、心が豊かになる。だから写真を撮りに富山に来てほしいと話すイナガキさん。有名撮影スポットでも独自の視点を付け加える方法もふくめて、躍動感のある富山の冬を撮影できるスポットを紹介してくれました。
心に効く冬の景色1
豊かな水と山に囲まれて、
レトロな電車が走る常願寺川橋梁(富山市)
富山県内には新幹線から路面電車などの電車やケーブルカーまでが走っていて、「鉄軌道王国とやま」をうたっているほどです。富山地方鉄道、通称「ちてつ」が運行するこの写真の車両は、オレンジとグリーンで塗られているから「かぼちゃ電車」と呼ばれています。朝夕は地元の高校生が通学に利用している姿をよく見かけます。
この写真を撮影した日は天気がよくて日差しが暖かい日でした。冬の富山はずっと晴れている日が1週間に1日あるかないか。山の裾の方まで雪が積もった立山連峰を撮影するチャンスは滅多にありません。冬に天気予報が晴れだと、どこから立山連峰を撮影しようかとワクワクしてしまいます。この日はちてつの電車と立山連峰が撮影できる場所として有名な常願寺川のスポットを目指しました。
到着すると水量が多かったので、川の水を入れて撮影するアイデアが浮かびました。富山は清らかな水が豊富です。常願寺川の水を入れると、これまでになかった富山らしさが加わった作品になる。そう思って河原に降りて、水面にできるだけ近づける場所を探して歩きまわりました。カメラ本体もギリギリまで低くして撮影しています。
積もった雪が白く光るような立山連峰を背景に、鉄橋の上をレトロなかぼちゃ電車が走っていく様子、ごつごつした河原の岩、川の水も白く波立っていて、複数の動きのあるものと動かないものを入れ込むことができました。雄大な景色の中をたった2両連結のかぼちゃ電車がガタンゴトン。その姿に元気づけられて、心の中で手を振りたくなるようなスポットです。
access:富山地方鉄道電鉄富山駅から地鉄本線で越中荏原駅まで約10分、下車後徒歩約13分
JR富山駅・富山地方鉄道富山駅から車で約16分
Web:富山県常願寺川公園
心に効く冬の景色2
雪が似合う夜の温泉街「宇奈月温泉」(黒部市)
黒部峡谷鉄道トロッコ電車の発着地である宇奈月温泉は、富山では大きな温泉街です。毎年1月から3月の毎週土曜日に「宇奈月温泉冬物語雪上花火大会」という打ち上げ花火が行われています。
この写真は〈サン柳亭〉いう旅館の屋上から撮影しました。黒部川にかかる橋を渡った先の小高い場所にあります。
宇奈月温泉周辺には、黒部川の流れが作ったV字型の深い谷、黒部峡谷の上に橋や鉄橋がかかっています。橋も写真に収めたいと思い、撮影では左から斜めに橋が伸びているのを意識しました。橋と旅館の建物群という宇奈月温泉らしい夜景に、高く上がった花火の光が奥の斜面に積もった雪まで照らしています。
花火の撮影はぶれないことが大切なポイント。スマホでもきれいに撮れますが、本気度を上げるためには三脚を使ってボタンを押して3秒後にシャッターが切れるような設定を使ってみてください。僕は三脚にカメラを据えて露光時間13秒での撮影を自動で繰り返すインターバル設定にしました。ブレないだけでなく、純粋に自分の目でも花火を楽しむことができます。
宇奈月温泉は雪が似合う温泉街です。夜は旅館の窓から漏れる光も山間の温泉地らしくてのどか。よく見ると写真には星も写っています。温泉で温まったあと冷たく澄んだ山の空気を感じながら見る花火は、夏とは違う開放感を感じます。夜空を見上げるという非日常的な時間に、寒いけれど見に来てよかったと毎回思う花火大会です。
心に効く冬の景色3
海越しに昇る朝日と立山連峰を臨む「唐島」(氷見市)
南側に凹むようなカーブを描く富山湾。西の端にある氷見の海辺からは海の向こうに立山連峰を仰ぎ見ることができます。海越しに3000メートル級の山々が見られるロケーションは、世界的にも珍しいそうです。
この写真の撮影場所、氷見は2024年元日の能登半島地震で富山県内では最も被害が大きかった場所です。近い将来、氷見の美しい景色を見に足を運んでもらえたらと思ってこの写真を選びました。
撮影した日は、立山連峰から昇る朝日と氷見漁港の沖にある唐島を撮影しようと出かけました。唐島は周囲約150メートルの小さな島です。一般の人が島に行くことはできませんが、島には弁天堂や観音堂などがあって氷見漁港の守り神と言われています。
日の出を待ちながら、港に戻る漁船にカモメたちが群がる姿を眺めていました。すると海上から霧が出る気嵐(けあらし)が出てきました。気嵐は冬特有の気象現象で、放射冷却で冷え込むなどいくつかの条件が揃わないと発生しません。
立山連峰をシルエットにするオレンジ色の朝日と唐島全体が隠れてしまいそうなほどの気嵐に加えて、絶妙なタイミングで一羽の海鳥が横切っていきました。こんな景色が見られるなんて僕はツイていると、氷点下の寒さを忘れるほど気持ちが熱くなりました。
冬の氷見といえば寒ブリ。撮影後、氷見漁港にある食堂で食事をしました。朝6時30分から開いています。魚のアラ入りのお味噌汁が土鍋に入って出てきて、これがとっても温まります。海辺で立山連峰の向こうから昇る朝日を見て、明るくなったら港の食堂で温かい食事をする。冬の氷見を訪ねる醍醐味のひとつだと思います。
1981年富山県生まれ。SNSに投稿した風景写真が話題を呼び、一躍、富山を代表する写真家となる。総SNSフォロワー数は18万人を超え、2022年12月には“富山の本気”を撮影した初の写真集『ぼくたちの大切な時間(KADOKAWA)』が刊行された。射水市公式フォトアンバサダー、富山県警察フォトアンバサダー、Xperiaアンバサダーを務める。Instagram|@inagakiyasuto
credit photo:イナガキヤスト text:野崎さおり