蚕都・越中八尾で桑の葉栽培を復活
富山市八尾町は、江戸時代に越中と飛騨を結ぶ交通の要衝だったことから、和紙産業、養蚕業の集散地として栄えてきた歴史があります。「越中の蚕都」とその名を轟かせた越中八尾は、蚕種業の最盛期には全国シェアの最大4分の1を占めるほどになり、「おわら風の盆」に代表される豊かな町人文化を育んできました。
けれども近代になり、全国的に養蚕業は衰退の一途をたどります。化学繊維の普及によって養蚕は斜陽産業となったのです。それに伴い、蚕の餌である桑も不要となり、豊富にあった桑畑もなくなってしまいました。
そんな八尾の桑の葉栽培を復活させたのは、就労継続支援B型事業所〈おわらの里〉のみなさん。就労継続支援B型事業所とは、障害のある人が働くことを支援する施設です。みんなで休耕地に桑を植えて栽培し、葉を使ってお茶などのオリジナル商品を生み出してきました。
桑の葉栽培を2004年に始めたおわらの里は、いわば農福連携のパイオニア。おわらの里を運営する社会福祉法人〈フォーレスト八尾会〉理事長の村上満さんが、「桑畑の再生がまちづくりにつながる」と地域住民に呼びかけて、桑の葉栽培を復活させました。
村上さんは、「まちづくりにつながる、開かれた施設」を目指して自宅の土地を開放し、障害のある人たちが自宅から通って働ける福祉施設を開きました。当時、近隣の障害者施設は山中にあり、利用者は入所してその中で過ごすのが一般的だったのです。
桑の葉栽培に着手したのは、富山市と八尾町が合併する前年のこと。「もともと養蚕業で栄えたまちだからこそ、合併しても独自の存在意義を残したい」と、まちの大切な文化を育んできた植物、桑に着目。以降は、桑の葉をはじめとする加工品をつくっています。
桑の葉を粉砕して焙煎したお茶は、香ばしく、苦味やえぐみのようなクセはありません。爽やかな味わいはすっと喉の奥に滑り込むよう。日常使いの飲料として愛飲されているのもうなずけます。海外でもハーブティーとして健康意識の高い人たちに飲まれており、日本でも鎌倉時代、日本にお茶を広めた栄西禅師による書『喫茶養生記』に、桑の葉についての記述が残っているほどです。
桑の葉は、「健康、環境、観光」を意識した農福連携を進める、おわらの里のプロダクト開発にぴったりの素材でした。
働くことで得られる
自信と生きがいを大切にして
おわらの里の利用者は、現在28名。そのうち約20名が毎日のように通ってきます。利用者のみなさんは桑の栽培、収穫はもちろんのこと、商品の焙煎や袋詰めなど、障害の程度に応じて、作業を分担します。9時半から15時半の、ここで過ごす間に作業をした分、定められた工賃が支払われることになっています。
とはいえ、おわらの里は障害のある人が働くことを支援する施設で、食品会社ではありません。生産性だけを追いかけるのではなく、ひとりひとりが社会と関わっていくことが大事だと、職員の杉山久美子さんは言います。
「みなさん、自宅から通ってきて作業をして、帰ります。職員は利用者さんがいつもと同じ作業をするなかで、ちょっとしたやる気の芽のようなものに気づき、やってみる? という言葉をかけるように心がけています」
作業中、利用者とともにいる職員の声かけによって、これまでできなかったことが急にできるようになるケースもあり、それが本人の働きがいや生きがいにつながることもあるといいます。
「これはできるんじゃないかなっていう希望を職員側が持たないと、利用者さんも希望が持てません。 もしかしてできるんじゃない? じゃあやってみようかって、可能性が広がるんです」(杉山さん)
周囲の人たちの誕生日をすべて覚えているなど、数字や記憶に強い人、多くのことはできないけれど同じ仕事をきっちりと丁寧に仕上げる人など、利用者のみなさんには個性があり、得意分野はそれぞれ異なります。職員はよく観察し、彼らの特性を生かすような仕事を割り振るようにしています。そこから新たな可能性が開くことも、利用者、職員ともに働く喜びにつながっています。
「ここに26年通っているなかで、昨年初めてしめ縄を編み始めた人もいます。それもひとりの職員の声かけから始まったところなので、可能性はまだまだある。利用者のみなさんはどの方も未知の可能性があると思っています」と話すのは、施設長の城越義智さん。
城越さんと杉山さんは、おわらの里のこれからを担う若い世代です。26年間続いてきたこの施設を、未来につなげるためにさまざまな可能性を模索しています。
そのなかのひとつが、ブランディング。桑の葉栽培が自分たちの地元の歴史や文化継承を担っていることを一番よくわかっている地元出身のふたりだからこそ、活動の意義を感じています。
農薬不使用の桑の葉茶の品質にも、自信があります。だからこそ、福祉施設のつくったもの、という見え方ではなく、パッケージにも付加価値をつけて内容に見あった価格で販売するべきだと考えています。
農福連携が実現する未来の可能性
農林水産省のホームページによると、「農福連携とは、障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組」と記されています。農家の高齢化が進み、人手不足の問題に突き当たっている地域では、お互いに協働するメリットを見出すことができます。また、SDGsを意識する企業とのコラボレーションで生産量を増やすこともできます。
ただ、新しい取り組みにはリスクもあります。杉山さんがおわらの里で働き始めた2018年、桑の葉はペットボトルの原料として企業に出荷するほか、お菓子など加工品の原料にしていました。
けれども、コロナ禍で恒例の「おわら風の盆」が開催されなかったことから、お土産品の需要も激減。ペットボトルの生産も企業側の都合で中止になるなど、桑事業は厳しい状況に陥りました。桑事業をやめるかどうかの検討もなされましたが、「おわらのまちとともにあり続ける事業所として続けていこう」とみんなの気持ちがひとつになり、継続することに。
ならば、農福連携のやり方を変え、自分たちで商品をつくり、販売までする6次産業化を目指そうと、杉山さんたちは模索し始めます。〈ヤマト福祉財団〉が主宰する農福連携実践塾に参加し、同様に農福連携事業を進める人たちに出会い、研鑽を積みました。
その成果は、まずは職員が挑戦できる環境づくりから始まりました。職員のやってみたいことをかたちにする、ということで、ハウス栽培を開始。県内の選りすぐりの食材を扱うことで知られる〈黒崎屋〉と委託契約を結び、エディブルフラワーや、ルッコラのスプラウト、花ニラ、空芯菜などを出荷し始めました。出荷した食材は、県内の高級レストランなどで使用されています。
「利用者のみなさんの日中の作業をつくるのが職員の仕事なんですが、職員が好きなことに挑戦しているからこそ、職員も利用者もみんなで楽しんでやれていると思います」(城越さん)
昨年は、地元の名店とのコラボ商品や地元のサッカーチーム〈カターレ富山〉とのイベントなどの企画を行うと同時に、地元で「トヤマファーマーズマーケット」も開催しました。
障害がある人が働くための、まちに根ざした、まちづくりに貢献する福祉施設を目指してきたおわらの里の取り組みは、設立27年目で次なる段階に突入しています。
「続けていくためにも、品質の確かな商品をつくって、その価値を認めてくれる人たちとつながっていきたい」という杉山さんは、数々のイベント出店などを経て、確かな手応えを感じている様子です。
けれども、就労継続支援B型事業では、福祉のサービスを続けていくためには利益を上げていくことも必要とされています。つまり、利用者に合った事業内容も、利益を出していくことも、両輪で走らせていかなければ持続可能にならないのです。そこでおわらの里では、より良い農福連携の商品づくりを行うことで、「八尾らしさ」のある施設として持続可能にしようと、日々の仕事に取り組んでいます。
目下の目標は、「富山といえば、八尾の桑の葉茶といわれるような名産品になること」。
利用者、職員ともに共通の目的に向かうおわらの里のみなさんの様子は、明るく、健やか。生きがいを持って働く人たちのつくり上げる桑の葉商品には、誰もが住みやすいまちづくりへの希望が込められています。
credit text:朝比奈千鶴 photo:片岡杏子