氷見の拠点となるワイナリー〈SAYS FARM〉
老舗魚問屋がつくった「海のワイン」 | Page 3
series|とやまwellbeing place
富山・氷見のテロワールを体現する
ワインと食を愉しむ「オーベルジュ」
発起人である釣 誠二さんは、生前こんな言葉を遺しました。
「自分たちの畑で育てたブドウで、自分たちが暮らす氷見らしいワインをつくってほしい。テロワールというものを大事にしてほしい」
始めたばかりの頃は、富山でワインなんてつくれるわけがない。いいブドウができる保証はどこにもない、などといわれることも多かったといいますが、10年目を迎えたあたりで「日本ワインコンクール」で北陸エリア初の金賞を受賞。このときはまさに、潮目が変わった瞬間でもありました。
「ワイナリーをつくるのは苦労の連続でしたが、ここまで一歩ずつみんなでがんばってきて、富山のこんな場所でもちゃんとしたワインがつくれるんだということを、世の中に証明できたような出来事でしたね」
そう語るのは、SAYS FARMディレクターの飯田健児さん。生まれ育ったのは大阪で、両親の実家が富山市にあり、農業を営んでいました。30代前半でIターンし、そこから縁あって釣屋に入社。
ワイナリー立ち上げのプロジェクトに参画した当初は農園部門しかなかったことから、ディレクター兼プロジェクトマネージャーを担当。富山のデザイン会社と一緒にコンセプトメイキングや全体的なデザインを考えていきながら、SAYS FARMの世界観をつくり上げた人物のひとりでもあります。
「有名な醸造家でもなければ、魚問屋がいきなりワイナリーをつくったところで、果たして人はここまできてくれるだろうか。時間をかけてでも行きたくなる場所には、必ず世界観がある。そこからニュージェネレーションのワイナリーを目指そうと思ったんです」
モデルにしたのは長野にある〈ヴィラデスト〉。エッセイストであり画家の玉村豊男さんが経営するワイナリーで、さまざまなコンテンツを持ったこの拠点。飯田さんいわく、「ワインが生活の一部に溶け込んでいる環境」であり、SAYS FARMの最初の2年間はここで委託醸造も行いました。
ワインは単体で飲むよりも、食と合わせて表現されるもの。氷見という土地の豊かさを感じてもらうには、このロケーションがなくてはならないものであり、ここで得られる食体験はきっと記憶に残るものになるはず。そんな考えから、ワイナリーのみならずレストラン「KITCHEN」やカフェ、ショップやギャラリー、さらには1日1組限定のゲストハウス「STAY」をオープンしています。
今後は生産量も増えることから、新たな貯蔵庫とテイスティングルームも建設中とのこと。さらには地域農業の発展にも貢献していきたい考えがあり、2年前ほど前から地元有志とワインブドウの栽培を開始。SAYS FARMが指導を行い、できたブドウを購入しワインをつくる仕組みです。耕作放棄地などの問題も同時に解決できるよう、地域との連携を図りながら取り組む姿勢だといいます。
大阪から氷見に移り住んで感じるのは、食の産地ならではのスピード感と、リアルタイムでダイレクトに伝わってくる季節感。そしてやはり何物にも代えがたい魅力は、丘の上からの眺望であると話す飯田さん。
「毎日見ていても、何回見ても良いもんだなと思います。毎朝ここに来ると必ず、今日は立山が綺麗に見えるなとか、今日はだいぶ曇っているなっていうように。山肌に雪が残っている時期は、日の入りの時間になるとピンク色のグラデーションの中に稜線が浮かんでいるように見えて、ハッとするぐらい幻想的な美しさがあるんです」
SAYS FARMが10年以上かけて築いてきたものは、ブドウ栽培と醸造の技術と、氷見におけるワインという新たな文化。そして、この場所に拠点を構えなければ存在しなかった風景。そこには故郷への想いと、自然への深い眼差しがあります。これからはサステナブルのさらに先、環境をより良い状態に再生するリジェネラティブなワイナリーとして地域に根付き、多くの人を引きつける拠点になっていくに違いありません。
credit text:井上春香 photo:竹田泰子