山のイラスト
玉繭ができやすくするために設置された藁蔟(わらまぶし)という枠
craft, well-being

可能性を秘めた蚕と、絹に魅せられて。
「城端しけ絹」を受け継ぐ機屋〈松井機業〉 | Page 2

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すべては繭をつくるため。
儚くも尊い、蚕の一生

絹の原料である玉糸(繭糸)は動物性天然繊維のなかで最も長く、たんぱく質を主成分としていることから、人の肌にもっとも近い繊維といわれています。繭の品種もさまざまで、玉繭はやや大きめの楕円形。

「養蚕農家さんに頼んだり、うちで育てたりしているのは、『玉小石(たまこいし)』という品種ですね。宮内庁で育てている『小石丸(こいしまる)』とのかけ合わせで、玉繭をつくりやすいといわれています。山型の藁でできた蔟(まぶし)を置いてあげるのも、玉繭をできやすくするためです。この藁蔟(わらまぶし)をつくる職人さんも南砺市ではいないと言われてしまいました。あるとき、資料館でたまたま出会ったおばあちゃんが昔つくっていた職人さんだったんです。ひとつつくるのに5時間以上もかかりました。技術と労力が必要なんですね」

ケースの中にたくさんの繭が入っている
2頭の蚕が一緒につくる繭は「玉繭」と呼ばれ、繭全体の3%ほど。玉繭から紡がれる糸を「玉糸」といい、それが「しけ絹」となる。

蚕を育てるのは年に2回、時期は6月と9月。孵化した蚕は、幼虫期と呼ばれる1か月ほどのあいだに4回の脱皮を繰り返します。また、成虫になると口が退化し何も食べなくなるため、幼虫のあいだに一生ぶんの餌を食べるのだそうです。大きくなるにつれて食欲もどんどん増していくので、桑の葉の餌やりは欠かせません。

藁をジグザク状に組んだ藁蔟(わらまぶし)という枠が置かれた養蚕室内
養蚕室では年間約1000頭の蚕を育てており、こちらの「藁蔟(わらまぶし)」を設置することで玉繭ができやすくなるのだそう。

「赤ちゃんのときは、新芽のやわらかい部分を千切りにしてあげて、徐々に普通の葉っぱに慣らしていくんですけど、これが離乳食をあげる感覚に近いんですよね。みんな一生懸命食べてくれるからうれしいし、かわいいなあって眺めています。私、最初は虫が苦手だったんですけど、ちっちゃい卵が孵るところから育てていると、子どもの成長を見守っているのと同じような気持ちになるんです。本当は1頭ずつ名前をつけたいぐらいなんですけど、さすがに見分けがつかないので断念しました(笑)」

桑畑で生育を確認する松井さん
南砺市産の絹を復活させるべく、土づくりから本格的に行われた蚕の餌となる桑畑。2017年頃に40本近くの苗を植えた。
青々とした桑の葉
生まれたての蚕が食べる桑の葉は、やわらかい新芽の部分。実際に食べてみると、えぐみや苦味もなく、果実のような風味がある。

蚕の一生は2か月弱ほどと短く、絹織物とは、たくさんの蚕の命をいただくことで初めてできるもの。だからこそ紀子さんは、敬意を込めて「お蚕さん」と呼びます。

「絹ができるまでの話は知っていたものの、我が子のように慈しんで育てたお蚕さんの命を自分の手で奪ってしまうという事実をなかなか受け入れられなくて……。初めのうちは正直、壁にぶち当たっていました。ただ、野菜でも植物でも全部が命なんだと思うと、命あるものすべてに感謝しようという思いに変わりました」

工場内に置かれた「蚕の一生」や「しけ絹」を解説したイラストボード
知っているようで知らない「蚕の一生」や「しけ絹」について、イラストで伝えるボード。

できあがった糸は、今までに見たことがないような美しい輝きを放ち、命そのものの輝きが宿っているようでもありました。そこから紀子さんは、絹の機能を通して精神的な豊かさや健康につながるようなものを提供していきたいと徐々に考えるように。そんな思いで〈JOHANAS(ヨハナス)〉というオリジナルブランドも手がけています。

しけ絹を使った製品などが並ぶショールームスペース
ショールームには、オリジナルブランド〈JOHANAS(ヨハナス)〉のさまざまな商品があり、購入することもできる。
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