日本全国で日常的に食べられているかまぼこ。実は富山市ではかまぼこの消費量が全国3位(総務省の家計調査「品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市 ランキング」)であり、独自のかまぼこ文化が根付いていることをご存知でしょうか。
富山湾という屈指の好漁場があり、独自の個性を持ち、進化を続ける加工食材の「かまぼこ」。富山県では結婚式、入学式、就職、還暦祝いなどの節目に、かまぼこを贈る文化があります。そのかまぼこは、おなじみの「板付きかまぼこ」ではなく「巻かまぼこ」「細工かまぼこ」など、独自の形に発展を遂げているのです。
なぜ富山県では、かまぼこが独自の進化を遂げたのでしょうか? 1947年に富山県魚津の地で創業したかまぼこ専門店〈河内屋〉の専務取締役を務める河内廷紘さんに、富山のかまぼこ文化やその歴史、富山ならではのかまぼこの数々を教えてもらいました。
富山が誇るかまぼこ文化
かまぼこの主な原料は、かつては季節を問わず一年を通して、富山湾近海で漁獲されるアジ、トビウオ、カマス、タチウオなどの多種多様な魚でした。富山湾には魚種、質、量、どれをとっても豊かな海の恵みがあったからこそ、かまぼこ文化が育まれました。
現在では、冷凍技術の発展による冷凍すり身の開発や、200海里問題、温暖化などを背景に、かまぼこの原料は世界中の多種多様な魚が使用されています。富山県でも、多様な魚からつくられたすり身を活用し「板」の上に乗せ蒸すのではなく、「昆布」に巻いて蒸すという独自のかまぼこ文化を受け継いでいます。
それでは、なぜ富山県では、「板」ではなく、「昆布」が使われるようになったのでしょうか。
富山のかまぼこは
なぜ「昆布」を使うのか
かまぼこの歴史は古く、初めて歴史に登場したのは平安時代で、現在の形のかまぼこが登場したのは安土桃山時代といわれています。その後、時代は進み、富山県では江戸時代から、かまぼこに昆布が使われるようになったといわれています。
富山県は、北海道から大阪、鹿児島へと重要な交易を行っていた北前船による海上航路の主要中継地でした。その重要な交易品である昆布が江戸時代中期以降、豊富にもたらされたことが、富山県のかまぼこづくりに大きな影響を与えます。
そもそも板が使われる理由としては、まずすり身を成形し、その後、蒸しや焼きの工程で板についたまま移動させるのに便利だったことが挙げられます。また、板に接することで水分調整の役割も担っています。
この「板」で行われる工程が、富山県ではなぜ「昆布」に代替されたかというと、富山のかまぼこ職人たちは、板の代わりに身近でかつ豊富にある昆布を利用したといわれています。それだけ昆布が豊富だったと考えられます。
そこに、富山湾で豊富に獲れる新鮮な魚、そして、弾力のあるかまぼこを生み出す立山連峰が育むミネラルを適度に含む地下水など、かまぼこづくりに最適な環境が揃い、富山名物の「巻かまぼこ」が生まれました。
かもぼこに昆布を使うメリット
かまぼこづくりに昆布を使うことには、ふたつのメリットがあります。ひとつは、すり身をぐるぐると巻くことにより、昆布のうま味が均等にかまぼこへ行き渡ること。もうひとつは、昆布を巻き込むことで見た目にも美しく仕上がることです。このように巻かまぼこは味も見た目も一級品ということで、富山藩主への献上品としても用いられたそうです。
ちなみに富山市の昆布消費金額は日本一(総務省統計局の家計調査)。昆布巻きかまぼこ以外にも「昆布じめ刺身」や「にしんの昆布巻」、おにぎりといえば「とろろ昆布」など、富山県人には昆布が広く親しまれています。
その後、より一層おいしさと彩りを追求した渦巻状の「赤巻かまぼこ」なども盛んにつくられるようになりました。「赤巻かまぼこ」は、昆布ではなく、色づけした薄いすり身と一緒に巻いた「巻かまぼこ」の一種です。
富山県ではうどんやそばはもちろん、ラーメンやおでんにも「赤巻かまぼこ」を入れることが多く、居酒屋などさまざまな飲食店でもその姿を見ることができます。富山県では家庭料理でもかまぼこが親しまれており、特に「赤巻かまぼこ」はサラダに入れて彩りを添えるなど、食卓でも定番の食材となっています。
婚礼などで福を分かち合う
「細工かまぼこ」
富山県のかまぼこ文化を語る上でもうひとつ欠かせないのが、鯛をはじめ、鶴・亀・松竹梅・富士・末広などおめでたい形に成形した「細工かまぼこ」です。
細工かまぼこは、冠婚葬祭での贈りものとして重宝されています。諸説ありますが、婚礼という華やかな儀式で膳料理を持ち帰り、その福をご近所へお裾分けするのに都合が良かったからと考えられています。
富山県には「お福分け(おすそ分け)」という言葉もあり、ご近所に幸せのおすそ分けするという風習があります。頭の部分は上司や目上の人へ、尾の部分はより身近な相手へ、人とのきずなやよろこびをつなぐかまぼこでもあります。
富山県蒲鉾組合によると、富山県独自の細工かまぼこの文化が始まったのは大正時代以降と考えられ、昭和30年代以降に一般化したようです。「細工かまぼこ」は富山県特有の名産品、あるいは越中の生んだ独自の文化と考えられています。とはいえ、飾りかまぼこ、婚礼かまぼこ、祝いかまぼこなどと称される細工技法を使った商品は、東北から九州にまで幅広く見られます。
そのなかで、県内ほぼ全域で慶祝用細工かまぼこの生産が継続しており、いまでも細工かまぼこが伝統的地場産業として成立しているのは富山県のみといっても過言ではありません。
また、鯛かまぼこのサイズが飛び抜けて大きく、細工が丹念であるという点も、富山の細工かまぼこならではの特長でしょう。全国でも細工かまぼこの生産量は富山県が群を抜いており、現在県内には19社のかまぼこメーカーがあります。
鮨や手まり型など、富山県ならではの
「かまぼこ」をピックアップ
このように他県にはないオリジナリティあふれるかまぼこ文化が育まれた富山県では、さまざまな種類のかまぼこが存在します。1947年に富山県魚津の地で、河内行雄氏により河内屋蒲鉾製造所として創業した〈河内屋〉も富山を代表するかまぼこブランドのひとつ。
2代目河内一雄氏が、富山伝統の蒲鉾の付加価値向上に目を向けると同時に〈河内屋〉ならではの商品開発に着手します。鮨ネタをのせたかまぼこ「鮨蒲(すしかま)」を発表し、富山県蒲鉾文化の新たなジャンルを確立。
その後、北陸新幹線開業という大きな節目に発表した「棒S(ぼうず)」は、2023年にジャパン・フード・セレクションでグランプリを受賞し、富山県蒲鉾業界の枠を超え、全国的な人気を得る商品にまで成長しています。〈河内屋〉はかつてない発想で生み出す独自性の高い商品を、職人による手作りにこだわって届けています。
今回は〈河内屋〉の商品のなかから、富山県ならではの美しいかまぼこをピックアップしてみました。
寿司ネタがかまぼこの上にのった「鮨蒲」
1979年に誕生し、〈河内屋〉の名を全国に知らしめたかまぼこです。その名の通り、新鮮な寿司ネタがかまぼこの上にのっています。富山県らしい食材を意識して1000種類以上のネタで試作を行ったそうで、現在は紅鮭、甘エビ、ブリやアワビなど10種類を展開。季節限定で紅ズワイガニや、金沢店限定ののどぐろもあります。
スティックタイプで食べやすい「棒S」
「お酒との相性がいいかまぼこをもっと手軽に食べてもらえるように、またお酒とのマリアージュを楽しんでもらえるように」と開発されたのが、スティック状で包丁を使わずに食べられる「棒S」です。北陸新幹線開業に合わせて開発された商品で、パッと目に入って印象に残るようなパッケージとネーミングになっています。
「FOOD PROFESSIONAL AWARD」で最高位の3つ星を受賞するなどさまざまな賞を受賞。元祖スティックチーズのほか、富山湾しろえびなど5種類の味を展開しています。
手まりかまぼこの上に、細工が施された「手まり蒲穂子」
直径約9センチメートルの手のひらサイズの手まりかまぼこの上に、細工職人が美しいデザインを施しています。「松」「竹」「梅」「鶴」「亀」「鯛」など、全部で十数種類のシリーズを展開しており、成人式・卒業・入学・出産・結納・結婚式・七五三など人生の大切な節目やハレの日の贈り物として人気です。「ひまわり」や「あいの風盆踊り」など、季節やイベントに応じたデザインも直営店限定で販売しており、季節の彩りを表現しています。
年末年始の食卓を彩る「玉子かまぼこ」
おせち需要など年末年始の食卓を彩る商品として人気なのが、12月限定で販売される「玉子かまぼこ」です。かまぼこのプリっとした食感を残しつつ、伊達巻のようなソフトな食感と優しい甘さが特徴。〈河内屋〉独自のブレンドで丹念に練り、「坐り」という技法を用いて蒸しあげています。仕上げに焼き上げるひと手間が、風味豊かな味わいを生む逸品です。
ハレの日に分け合いたいインパクト大な「鯛かまぼこ」
本物の鯛と遜色がないほど、精巧につくられた鯛のデザインの細工かまぼこ。婚礼など、お祝いの席で用いられています。実は鯛かまぼこ、富山県の各メーカーでデザインや技法が全く異なります。〈河内屋〉のある東部地区では、ぼかしや絞り出し、ウロコ起こしなど、細かくかまぼこで表現する事が伝統です。そんな〈河内屋〉の1号サイズ(最大サイズ)の「鯛かまぼこ」は長さが57センチメートル、重さは4.5キログラムにも及びます。
春の食材をふんだんに使った「春の野遊」
入進学などお祝いごとにぴったりな「春の野遊」は、その名の通り春の食材を使用したおはぎのように丸い形がキュートなかまぼこです。蓬、桜の花、うぐいす豆、菜の花などを使って、季節を表現したお祝い・喜びの席にふさわしい逸品になっています。
桃の節句を可愛らしくお祝いする「お雛様かまぼこ」
同じく春限定の商品で、桃の節句をお祝いするのが「お雛様かまぼこ」。「お雛様」「鯛」「桃の花」「ひし餅」などはそれぞれ、職人がひとつひとつ手づくりしています。絞り具合を変えて模様を変えたり、色使いを工夫したり、デザインの細部まで匠の技が光ります。その精巧さから生産量も限られており、数量限定販売となっています。
チャーミングに端午の節句を祝う「金太郎かまぼこ」
同じく季節限定で販売されるのが、端午の節句にちなんだ「金太郎かまぼこ」です。「手まり蒲穂子」と同様に細かい細工が職人によって施されています。金太郎に加え、兜や熊、筍など7点がセットになった箱入りの商品から、ネーミングセンスが光る「金太郎と鯉のタンゴ」など、予算やニーズに合わせた商品が展開されています。
2月14日は「バレンタインかまぼこ」!?
毎年バレンタインが近づいてくると〈河内屋〉で予約受付が始まるのが、「バレンタインかまぼこ」。例年、マスコミでも紹介される人気商品です。もちろん、ハートのかまぼこはひとつひとつが職人による手づくり。全国から予約が集中するので予約必須。
富山ならではのかまぼこを、
お土産やハレの日の贈り物に
目で見て楽しく、食べておいしく、分け合うことで幸せな気分になる富山のかまぼこ。富山を訪れた際には、そのレパートリー豊富なかまぼこをチェックしてみることで、富山ならではの文化をより一層感じられるはず。お土産や贈り物だけでなく、ハレの日のお祝いの品として手に取ってみては?
tel:0765-24-0381(代表)、0120-72-0381(無料ダイヤル)※電話受付9:00~17:00
営業時間:9:00~18:00
定休日:水曜、元日
Web:河内屋オンラインショップ
Web:日本橋とやま館
credit text:中森りほ