富山名物といえば、真っ先に思い浮かべる人が多い「鱒寿司(ますずし)」。曲げわっぱの底に笹を敷き、酢で味つけをしたサクラマスを使った押し寿司の一種として、鉄道の普及とともに全国に広まりました。現在富山市内だけでも、20軒以上の専門店があり、マスの厚さや酸味など、店ごとに個性が光る鱒寿司を味わえるのも魅力です。そんな富山を誇る郷土料理は、どのような進化を遂げて、地域に根付いてきたのでしょうか。
その歴史や誕生秘話、上手な開け方、よりおいしく味わうコツなど、食べる前に知っておきたいポイントを、140年以上の歴史を持つ老舗〈庄右衛門 元祖関野屋〉の7代目、関野伸也さんに教えてもらいました。
鱒寿司の普及のきっかけは、
神通川の「サクラマス」
鱒寿司の歴史は長く、平安初期までさかのぼります。関野さんによると、「鵜坂(うさか)神社」の春の祭典で、富山市西部を流れる神通川に遡上する一番マスの塩漬けの供え物を、都から来た勅使に土産として献上したのがその原型といわれています。
江戸時代の中期に、藩士吉村新八により「鮎寿司」が考案され、徳川吉宗に献上したところ気に入られ、やがて神通川でサクラマスが大量に獲れたことから、本格的な鱒寿司づくりが始まりました。
その後、幕末から明治にかけて神通川に舟を浮かべた「舟橋(神通川に架かる日本一の船橋)」のたもとに、寿司を販売する茶屋が多数出現。1912(明治45)年には、駅弁として販売され富山の薬売りが行く先々で、そのおいしさを伝えたことから全国に広まったそう。
実は2通りある鱒寿司。
「表おき」と「裏おき」の違いとは?
鱒寿司は曲げわっぱの底に笹を敷き、調味したマスの切り身(塩漬けし、その後塩を洗い流したあと、調味液に浸し調味する)、酢飯を詰め、最後に笹で包み込むようにつくられていますが、店ごとに使用する素材や製法も少しずつ異なり、さまざまな味わいを楽しめるのも魅力のひとつ。
呼び方も「鱒寿司」「ます寿し」「ますの寿し」など、違いはありますが、どれも同じものを指します。
実は、鱒寿司には、笹をひらくとマスが上に並んでいる「表おき」と、酢飯が上にのっている「裏おき」の2通りあります。その大きな理由として「駅弁やお土産として食べられることが多くなったことも深く関係しているといいます。
「もともとは『裏おき』が主流で、当店の初代店主・庄右衛門がつくり始めました。『表おき』が広まったのは明治時代以降。そのルーツは、鱒寿司の老舗のひとつである高田屋さん。
駅弁やお土産として食べるときに、蓋を開けて笹をひらいたら、一目でマスがぱっと見えると、華やかという理由から、だんだん増えていったそうです。それぞれの店で修行した職人たちが、自身の店をもつようになり、現在のような2通りに分かれたのだと思います」(関野さん)
置き方が違うということは、見た目のほかにも違いがあるのでしょうか?
「味や風味も変わってきます。裏おきはマスが下にあり、酢飯に脂が移りにくいので、さっぱりとした味わいに。一方で、表おきはマスの旨みが酢飯に広がり、凝縮された素材の味わいも楽しめます」(関野さん)
「置き方のほかにも、使用するマスの種類、また切り身の厚さや使用する部位によっても味わいや食感が変わるので、いろいろな店の鱒寿司を食べ比べしてみるのもおすすめです」と関野さん。富山県民のあいだでは、すぐに自分のお気に入りの店が思い浮かぶ人も多く、身近にある鱒寿司。店ごとに異なる味わいや風味、こだわりを知ると、よりおいしく味わうことができそうです。
140年の歴史ある〈元祖関野屋〉
おいしさを追求し続ける、こだわりの素材と製法
創業140年の歴史を誇る〈元祖関野屋〉。富山県産の米、天然のサクラマスを使用し、ひとつひとつ丁寧につくる「鱒乃寿司」は、県内外問わず、多くのお客さんから親しまれてきました。
もちろん養殖のマスにも利点があり、決して否定するわけではないとしたうえで、「養殖と比べて、天然のサクラマスは取り扱いが難しいところがあります。個体差が大きく、中を開けてみたら使えない……ということも。
それでも天然のサクラマスにこだわるのは、脂の量や風味、熟成の旨みが違うからです」と、関野さん。この長年の積み重ねこそが、〈元祖関野屋〉で代々続く歴史ある味わいを守っています。
そして、意外にも風味を左右するというのが、笹。この笹の香りと風味がマスの旨みと合わさることで、そのおいしさをより引き立ててくれます。
この「鱒乃寿司」は、使用する米もおいしさの決め手。富山県内産のコシヒカリを使用し、程よい硬さと柔らかさのバランスを意識して、最適な酢飯に仕上げます。
〈元祖関野屋〉の店頭や市内取扱店に並びます。握り寿司は、ネタとシャリの間に隙間がありますが、このように押し寿司は、最後にギュッと押して、米の持つ甘みとサクラマスの旨みが合わさり、熟成し「鱒乃寿司」が完成します。
「こうして押すことでマスと酢飯がうまい具合に合わさって、熟成するんです。だから時間によって、味に変化がある。できたてはフレッシュでまろやかな風味に。少し時間が経つと熟成されて、より味がなじみます。
賞味期限は、朝につくった『鱒乃寿司』の場合、その日の夜(なるべく製造日を含む2日以内を推奨)に召し上がっていただくのをおすすめしています。まろやかさもありながら、熟成もしていて、一番の食べ頃だと思います」(関野さん)
どう食べるのが正解?〈元祖関野屋〉直伝!
鱒寿司の上手な食べ方とポイント
基本的には、鱒寿司は曲げわっぱの中にマス、酢飯、笹で包まれており、付属品としてプラスチックのナイフが付きます。表おきの鱒寿司は笹をひらいて、そのままカットして食べる場合が多いですが、〈元祖関野屋〉の「鱒乃寿司」のように裏おきの場合は、上手に開けるためのポイントが。
実は意外と知らない!? 食べる前に知っておきたいコツを関野さんが伝授!
保存方法は、常温(15℃〜20℃)がおすすめ。冷蔵庫で保存すると酢飯が固くなり、風味が損なわれてしまいます。関野さんいわく、「夏場は食べる1時間前くらいに冷蔵庫で冷やしておくのがおすすめ」とのこと。少し冷やすことで、さっぱりと食べられるそうです。
※暑い時期の直射日光や車内での長時間放置にはご注意ください
最後に、自分好みの“マイ鱒寿司”を見つけてほしいと関野さん。
「店ごとに風味や味わい、スタイルも違うので、季節ごとにいろんな鱒寿司を食べてみるのも楽しいと思います。たとえば鍋のような感覚で、冬はこってり、夏はさっぱり系というように、ひとつのお店にこだわらずに、富山ならではの鱒寿司をぜひ味わってもらえたら、僕たちもうれしいです」
tel:076-421-0439
access:JR富山駅から車で約8分
営業時間:8:00~18:00(無くなり次第終了)
Web:庄右衛門 元祖関野屋 オンラインショップ
マスの厚さや酸味の違いも! 伝統と個性が光る、
〈日本橋とやま館〉おすすめの鱒寿司6選
2016年に東京・日本橋に誕生した富山県のアンテナショップ〈日本橋とやま館〉。首都圏情報発信拠点として、富山の魅力を日々お届けしています。ショップフロアでは、日替わりで販売している鱒寿司が大好評! そこで、富山の魅力を日々お届けしている〈日本橋とやま館〉のスタッフが厳選したおすすめの鱒寿司&そのポイントを教えてもらいました。
天然サクラマスの旨みが詰まった〈元祖関野屋〉(富山市)
POINT
140年以上の歴史ある伝統の技を守り続け、魚を捌くところから、すべて手作業でつくられています。柔らかい甘みと程よい塩気のきいた酢飯に、船上で活締めされた厳選天然サクラマスを敷き詰めて、素材本来の旨みを最大限に引き出した、風味豊かな味わいです。
マスの量は通常の2倍!〈寿し工房大辻〉(立山町)
POINT
厳選された良質なマスは、通常品に比べて約2倍の量を使用。表面だけでなく、側面や底まで隙間なく包み込むマスがたっぷりと入り、食べ応え抜群。脂がのった肉厚のマスと秘伝のお酢がマッチして、とろける旨みが口いっぱいに広がります。
角型の食べやすさを追求!〈平ら寿し本舗〉(砺波市)
POINT
円形が一般的な鱒寿司のなかで、インパクトある角型形状。切り分けやすく、さまざまな場面で重宝します。特に厳選された鮮やかな紅色のマスを、贅沢に厚切にし、オリジナルの無添加酢で仕上げ、食べ応えも十分です。
2種類の昆布を使った逸品も!〈吉田屋鱒寿し本舗〉(富山市)
POINT
酢飯の下に「おぼろ昆布」を一面に敷き、昆布のもつ風味が口いっぱいに。マスの身の上には「バッテラ昆布」を丁寧に敷き詰め、マスの旨みをよりマイルドに仕上げています。マスの甘み、昆布の塩味、酢飯の酸味が三位一体となり、絶妙なバランスで後を引きます。
酢飯にこだわり、職人技が光る〈丸龍庵〉(射水市)
POINT
程よく脂がのったマスに、ほんのりと甘い酢飯。ひとつひとつ、手押しで柔らかく仕上げ、笹がほんのり香る風味豊かな味わいと、もちもちした食感が特徴。日本橋とやま館の和食レストラン『富山はま作』でも提供しており、料理長も絶賛のおいしさです。
140年以上の伝統を脈々と受け継ぐ〈高田屋〉(富山市)
POINT
マスの厚さや酸味など、店ごとに異なる個性を楽しめるのが鱒寿司の魅力ですが、1872(明治5)年の創業から伝わる伝統を受け継ぎ、万人に愛されるスタンダードな味わい。ジューシーな厚身のマス、もっちりとした富山県産コシヒカリの酢飯、まろやかな甘さと旨みのバランスが絶妙!
昔ながらの伝統を大切にしている製法や、アレンジや個性が光る名店など、種類は豊富でも、ひとつとして同じものがない鱒寿司。〈日本橋とやま館〉のショップフロアでは、日替わりで、鱒寿司の販売を行っています。ぜひ食べ比べてみて、お気に入りの逸品を見つけてくださいね。
credit text:大西マリコ photo:黒川ひろみ