総曲輪はカルチャー集積地
突然ですが、総曲輪って読めますか? 富山県外では難読漢字として時折話題になるこの地名は、「そうがわ」と読みます。ほとんどの富山市民が読める富山市の中心地です。
北陸新幹線で富山駅に到着したとすると、一番の繁華街はこの総曲輪エリア(富山駅から約1.2キロ、徒歩15〜20分程度)。つまり富山県の入口になる場所です。
総曲輪には小さな個人店も多く、観光で立ち寄っても富山県民の暮らしに近い体験を味わうことができるエリアです。
市内には〈富山県美術館〉や〈富山市ガラス美術館〉などの文化施設もありますが、それとは異なる「カルチャー」が総曲輪にはあります。ローカルに根ざしたお店や店主、そこで紡がれる音楽、本、アート、映画。すべて歩いて回れるので次のお店を紹介してくれたり、常連さんと仲良くなってしまったり。カルチャー談義に花を咲かせているうちに、「総曲輪沼」から抜け出せなくなるかもしれませんよ。
〈SIXTH OR THIRD COFFEE STAND〉
カルチャー長屋の真ん中でコーヒーを
まずは軽い朝食がてら、カフェラテなどのエスプレッソドリンクと自家製アップルサイダードーナツが絶品の〈SIXTH OR THIRD COFFEE STAND(シックス オア サード コーヒー スタンド)〉へ。
店内でもゆっくりできますが、コンパクトなお店なのでさっとテイクアウトするのもいい。この通りにはいくつかお店がありましたが、カフェができれば賑いもできます。
「周辺のお店からもいい影響をもらっています」という井上佳乃子さんが2018年にオープンしました。
そもそも井上さんがカフェという文化に初めて接したのは実家でした。
「私のカフェとしてのルーツは母が営んでいたカフェです。エスプレッソマシンはさわっていたし、常連さんとのやりとりも見ていました。」
現在のコーヒースタンドとしての形態は、井上さんがイギリスのブリストルで学んだもの。公園の中やサイクルロード、運河沿いなど、いたるところにコーヒースタンドがあり、地域住民にとって大切な存在だったのです。
「ブリストルでパン屋やバリスタとして働いていた経験は大きいですね。いろいろな人種の人がいて、その誰にとってもコーヒーが生活の一部として馴染んでいたんです」
実は旦那さんはイギリス人で、富山県の風景を描いている絵描きのAaron Sewards(アーロン・セワード)さん。店内にも絵が飾られていて、やわらかい雰囲気を生み出しています。
2024年9月には〈お花畠窯〉高桑英隆さんの『陶額(陶器の額)展』が行われるそう。その額に入れる絵もAaronさんが描くそうです。展示はSIXTH OR THIRD COFFEE STANDはもちろん、並びの〈林ショップ〉併設ギャラリー〈スケッチ〉でも行われるとのこと。
ここは数軒の店舗がつながった長屋になっていて、このように横のつながりを生かした取り組みが多く行われています。林ショップの反対側の並びには、〈古本ブックエンド〉があります。
〈古本ブックエンド〉
まちの風物詩となるブックイベント
〈SIXTH OR THIRD COFFEE STAND〉から徒歩5秒! こぢんまりとした〈古本ブックエンド〉があります。オープン当初は自分の在庫の本を並べていたそうですが、現在は買い取りの本だけで棚がつくられることも多いといいます。
「あるジャンルの買い取りがたくさんあったら、それで棚をつくったりして、最近では自分の意思とは関係なく棚ができていたりします」と話す店主の石橋奨さん。
周辺には〈ほとり座〉という映画館やレコード店もいくつかあり、その影響もあってか「お店の規模の割には映画・音楽関係の本が多いかもしれませんね」といいます。
富山駅前では2013年から〈BOOK DAYとやま〉が年1回、スピンオフ版の〈BOOK DAYとやま駅〉が隔月1回開催されています。このイベントを立ち上げたのは〈古本ブックエンド〉です。
「でも、自分はあまりそういうのは上手ではなくて(笑)。途中から射水市の〈ひらすま書房〉と滑川市の〈古本いるふ〉に引き継いでもらって、そのおかげでなんとか続けています」
〈BOOK DAYとやま〉は、新刊、古書の出店以外にも、リトルプレスやZINEの販売、トークイベントも充実していて、年1回の文化的な「お祭り」。第1回では富山在住のライター、ピストン藤井さんに声をかけて、冊子を制作しました。〈古本ブックエンド〉ではその冊子を10年以上も継続して販売しています。
いまでもこれに倣ってか、参加者が毎年BOOK DAYにあわせて制作物をつくるなど、県民に愛されるイベントに育っています。もはや富山の風物詩といえるでしょう。
本を媒介として人が集まればコミュニティとなり、多くの副産物が生まれていくようです。
さて、少しお腹が空いてきたなと思えば、ランチに〈スズキーマ〉へ。
〈スズキーマ〉
カルチャーの入口となるカレー
〈古本ブックエンド〉から総曲輪の中心広場〈グランドプラザ〉を抜けていくと、〈スズキーマ〉があります。
きっとキーマカレーがおいしいのだろうなという予想通り、パパド(インド式の薄いスナック)がまるで満月のように昇っている「チキーマ」が名物です。
店主の鈴木崇之さんは青森県生まれで、神奈川県などを経由して富山県に移住して丸10年。もともとはカレー専門店ではなく「スポットをつくりたい」という思いが強かったといいます。
「ここにくるといろいろなカルチャーにふれられて、ローカルの情報を知ることもできる。そんなスポットをまずは目指していました。そこにおいしいカレーがあるのが理想でした」
店内は、インディペンデントマガジンが並び、鈴木さんセレクトのCDや地元ミュージシャンのCDも販売されていて、ちょっとしたセレクトショップのよう。鈴木さんの嗜好性を追随するようなアイテムと、富山ローカルのセレクトがうまく融合しています。
「好きなお店に置いてある本やCDならばきっといいものだ、と思ってもらえるようなお店が理想です」
同じ本やCDをECで買ったとしても、それとは体験として違うもの。実際にそのアーティストや作家を知らなかったとしても、お店がフィルターとなってカルチャーにふれ、広まっていくことを大切にしたいといいます。
「近隣の富山県外の人にもたくさん来ていただいています。もっと広いエリアからもカレーを食べに来てもらって、富山カルチャーの入口になれたらいいですね」
ランチを食べたばかりだけど、もう夜のことが気になる。
やはり富山らしく日本酒! それならば〈DOBU6〉をチェック。
〈DOBU6〉
ラジオ番組でコミュニティを
再び古本ブックエンドやSIXTH OR THIRD COFFEE STANDの前を通リ越すと見えてくるのが、ギターネックが目印の日本酒とロックの店〈DOBU6(ドブロク)〉です。
移転を挟んで20年以上、総曲輪周辺の繁華街を見てきました。店主の土肥明さんは「オープンして数年はトム・ウェイツしかかけていなかった」という筋金入りのトム・ウェイツ好き。
しかしこのような業態のお店ゆえ、ロックに限らず音楽好きが集まるお店となり、お客さんから教えてもらったアーティストや曲も多いとか。
「お客さんが置いていったレコードやCDも結構あって、20年以上かけてお店にストックがどんどん溜まっていきました」
ほかのお客さんが残したレコードが気になって聴いてみるなど、それだけでまるで音楽のコミュニティの力を感じます。
2階にはオープンスペースがあるのでライブを行ったり、ツアーで富山を訪れたミュージシャンの打ち上げ会場に使われたりと、濃いカルチャースポットになっています。
日本酒にももちろんこだわりあり。なかでもロック魂を感じるのが、毎年つくっている〈DOBU6〉オリジナルの日本酒。今年は「SRV35」というもので、スティーヴィー・レイ・ヴォーン(アメリカのギタリスト)をフィーチャーしています。レイ・ヴォーンは35歳で亡くなったので、35本限定です。
ラベルには、富山の木版画家・西藤博之さんによる「もしスティーヴィー・レイ・ヴォーンが『おわら風の盆』で『街流し』をしたら?」という発想で描かれています。
コロナ禍になって始めたのが、ラジオ番組『MUSIC FROM D!』。〈富山シティエフエム〉にて放映され、100回を超える番組となっています。土肥さん含む3人のホストが、毎回、飲食店仲間を中心としたゲストを迎え、〈DOBU6〉を舞台に音楽よもやま話を繰り広げています。過去のゲストにはピーター・バラカンも!
オンタイムしか聴けないプログラムですが、〈DOBU6〉店内には放送を録音したCDがアーカイブされています。リクエストすればこの場でなら聞くことも可能。このアーカイブはまるで富山カルチャースポットの見本市のようです。
お酒を飲みに行くのか、音楽を浴びに行くのか。ちょっと迷うくらいのお店ですが、きっとどちらも楽しめるお店だと思います。
最後、ねばりのもう1軒。さらりとカウンターで飲みたいならば〈ワインバー アルプ〉へ。
〈ワインバー アルプ〉
音楽も接客のひとつ
総曲輪の中心地からひとつ裏側に入ると、やわらかく漏れる灯りに惹きつけられるお店があります。ナチュラルワインの専門店〈ワインバー アルプ〉です。
店内に入ると目の前にカウンター、その奥にある〈JBL〉のスピーカーときれいに組み込まれたターンテーブルが目に飛び込んできます。まるでミュージックバーのような設えですが、れっきとしたワインバー。
「音楽も接客の一部」と話すのは店主のザックさんこと池崎茂樹さん。「僕が料理したり、ほかのお客さんの接客をしているときに、カウンターのお客さんがポツンとしてしまう瞬間があるのですが、ここにターンテーブルがあると、レコードがもてなしてくれます。だからそのミュージシャンの力を借りて営業できているようなもの」と笑います。
店内のBGMはレコードがメインですが、その理由は富山で過ごしていた頃の趣味嗜好と大いに関連がありました。
「高校1年生のときに、アルバイトしてターンテーブルを買って。せっかくプレーヤーを買ったのだからと、近くにあった〈トラックス〉というレコード屋さんに出入りしていました。そうしたら、いざこのお店を始めようというときに、CDをほとんど持っていなくて」
現在、店舗で使用しているJBL4312 MKⅡというスピーカーも、当時の〈トラックス〉で使用されていたモデルで、このお店を始めるにあたって絶対に導入したかったといいます。アルプにはザックさんの若い頃の原体験が込められているようです。
「総曲輪がいまおもしろい、といわれると恐縮で。このあたりのまちなかは、僕が10代の頃はもっと賑わっていました。小さくておもしろいお店がたくさんあって、そこの“お兄さん・お姉さん”たちに憧れていましたね」
働き始めてからは、好きな音楽も積極的に追うことは封印して、その道に邁進していたというザックさん。しかしながら、フランスのワイナリーで修行していたときには、現地のラジオ局〈Radio Nova〉をよく聞いていたといいます。
「言葉もわからない、生まれた場所も違う。でもちゃんと東洋人の心にさえ刺さる選曲だなと思いました。お店でもこういう選曲をしたいし、大げさにいえばお店全体でそういう普遍的なフィーリングを表現したいという気持ちがあります」
最後に素敵な選曲とワインのペアリングを堪能して、無事に総曲輪カルチャースポット巡りは軟着陸できました。
総曲輪にはほかにもこんなカルチャースポットがあります!
“観たい”、“知りたい”を訴求する、
商店街にあるミニシアター〈ほとり座〉
国内外の知られざる名作を上映しているミニシアター〈ほとり座〉。”映画体験”というものを提供することで、単なる鑑賞を超えた文化発信やコミュニティの創出が行われています。
富山の手仕事や民芸品。
暮らしに溶けこむ、逸品が揃う〈林ショップ〉
通称「別院仲通り」の〈古本ブックエンド〉や〈シックス オア サード コーヒー スタンド〉の並びにある、民芸品や現代の作家による作品を扱う〈林ショップ〉。
tel:076-424-5330
営業時間:11:00〜19:00
定休日:火・水曜(不定休あり)
Web:林ショップ
※2024年1月以降は営業日変更の可能性あり。最新の情報については、公式サイトでご確認ください。
個別カルチャーの集合体=総曲輪のまちの魅力
今回紹介した5店舗、そして以前に紹介している〈ほとり座〉や〈林ショップ〉など含めて、どれもカルチャーに造詣の深い店主がいる掘りがいのあるショップです。それぞれの店舗はもちろん個性的でおもしろいのですが、それらが徒歩圏内に集積していること、それこそが「総曲輪カルチャー」といえるでしょう。
credit text:doors TOYAMA編集部
photo:竹田泰子