「立山信仰」の世界を体感できる
広域分散型〈立山博物館〉の全貌
富山県の象徴的な景色として、富山県と長野県を結ぶ標高3000メートル級の立山連峰をイメージする人も多いはず。立山は、富士山(静岡県・山梨県)、白山(石川県、福井県、岐阜県)と並んで日本三霊山に数えられる信仰の山です。
「信仰」といわれてもピンとこないかもしれませんが、名建築と独創的な仕掛けで立山について楽しく学び、体験できる場所があります。それが〈富山県[立山博物館]〉です。
〈富山県[立山博物館]〉は、総面積13ヘクタールの敷地に11の施設が点在する、全国でも珍しい広域分散型の博物館。屋内にとどまらず、集落全体が博物館として機能しているのが大きな特徴です。
同施設は、立山信仰の神秘的な世界を多角的に体験できる「教界ゾーン」「聖界ゾーン」「遊界ゾーン」の3つの体感型展示エリアに分かれており、それぞれのゾーンを通して、立山の歴史や文化、信仰について学べる構成になっています。各施設をつなぐ散策路で立山の美しい自然を肌で感じることができるのも、広域分散型博物館ならではの楽しみ方です。
名建築と芸術が融合する空間。
立山博物館を手がけた3人の巨匠
立山博物館が注目を集めている理由のひとつに、日本を代表する建築家、デザイナーが携わっていることが挙げられます。
〈東京武道館〉を手がけたことで知られる、建築家の六角鬼丈(ろっかくきじょう)氏が設計を担当したのが〈まんだら遊苑〉。立山信仰の精神世界を描いた絵画「立山曼荼羅」を表現しており、散策路は立山山中の地獄や登拝道、そして天界へと続き、立山信仰を五感で感じられる野外施設となっています。
また、2019年に「建築界のノーベル賞」とも称されるプリツカー賞を受賞し、「ポストモダン建築の旗手」と評された磯崎新氏が手がけたのが〈展示館〉と〈遙望館(ようぼうかん)〉。ひときわ目を引く建築美はもちろん、立山信仰の世界観に没入できる体験型施設となっています。
シンボルマークは、グラフィックデザイナー・杉浦康平氏がデザインし、「立山」の神聖さと博物館のコンセプトである「曼荼羅」を融合させたもの。中央には、仏教の宇宙観を表す「金剛界曼荼羅」が抽象的に描かれ、そこから立山連峰の雄山、大汝山、富士ノ折立の三山の頂が四方に広がり、富山県の未来への可能性を示しています。
また、博物館の名称に使われている「[]」にも、杉浦氏のこだわりが込められています。「富山県立“山”博物館」と誤解されないようにするため、このカッコを正式名称に採用しました。
現在でも、展覧会のポスターやチラシを手がける杉浦氏には、年に2度の企画展ポスターの制作においても、グラフィックに一貫した意志が感じられます。
遊界・聖界・教界からなる
3つの体感型展示エリア
〈富山県[立山博物館]〉は、立山信仰の世界を多角的に体験できる「遊界ゾーン」「聖界ゾーン」「教界ゾーン」の3つの体感型展示エリアに分かれています。施設全体をめぐるとなると、4~5時間はかかります。
学芸員の河野史明さんは、初めて施設を訪れたとき、そのスケールの大きさに驚いたそう。毎日通うことで少しずつ学び、日々新しい発見があるのが、施設と周辺環境の魅力だと語ります。
「展示館から次の施設へ移動するときには、豊かな自然を感じながら歩いていただきたいです。その雰囲気も含めて体感することで、展示物を視覚的に学ぶだけでなく、体験を通してより深い理解が得られ、いっそう興味が引き出されます」
立山曼荼羅の世界を歩く「遊界ゾーン」
数ある施設のなかでも、しっかり時間を割きたいのが遊界ゾーンにある〈まんだら遊苑〉。地獄から極楽を経て、転生するまでの「立山曼荼羅」の世界を体験でき、「地界」「天界」「陽の道」「闇の道」の4つのエリアで構成されています。
〈まんだら遊苑〉は、「地界」から始まります。真っ赤に染まった空間には、鬼たちの声が響きわたり、地表から1万4000キロの地底にあるとされる八熱地獄の世界が表現されています。造形物だけでなく、音や光など多彩な演出によって地獄が再現され、コンセプチュアルで珍しい世界観がSNSでも注目を集めています。
「地界」のあとには、立山の自然が出迎える「陽の道」、立山浄土を表現した「天界」、そして、現世に戻る「闇の道」と続きます。
この一連の行程では、「天界」で悟りや極楽浄土を象徴する精神世界が広がり、「闇の道」では現実世界への回帰を象徴し、修験道の厳しい修行を思わせる体験ができます。ここで取り上げた展示はほんの一部で、どれも体験者には特定の解釈を求めず、各自の感性に委ねられています。
この世とあの世をつなぐ「聖界ゾーン」
「聖界ゾーン」には、磯崎新氏が手がけた体験型映像ホール〈遙望館〉があります。
内部では、大型3面マルチスクリーンに立山信仰の壮大な歴史が映し出され、迫力ある映像体験を通して、信仰の精神世界に観客を誘います。施設をめぐる準備として訪れれば、立山曼荼羅の世界観と四季折々の立山の自然について視覚的に知ることができます。
放映が終わり、スクリーンが上がると、目の前に広がるのは息を呑むような立山連峰の絶景。この瞬間、立山のもつ特別な存在感を再確認することができるでしょう。計算し尽くされたサプライズは、ここでしか出合えない体験です。
この〈遙望館〉に向かう道にかけられているのが〈布橋〉です。この世とあの世の境界とされ、立山参拝が禁じられていた女性たちが、「擬死再生」と呼ばれる生まれ変わりの儀式の一環として布橋を渡りました。
立山博物館の展示が楽しめる「教界ゾーン」
〈展示館〉は、「教界ゾーン」の中核をなす施設。内部に足を踏み入れると、天井の開口部から自然光が降り注ぎ、立山の雄大な自然を想起させる螺旋階段が出迎えてくれます。
ほかにも、旧宿坊の〈教算坊〉や山岳文化の資料を収蔵・展示する〈山岳集古未来館〉があり、文化と信仰、自然に関する知識が体系的に学べます。
アップデートし続ける
マニアックな特別企画展
企画展示室では年2回の特別企画展が開催されています。立山博物館には専門の学芸員が在籍しており、研究成果をもとに、立山に関して多角的に学び、楽しめる展示を企画、展開しています。
毎回、マニアックなテーマが取り上げられることが多い企画展。河野さんによると「開館から33年間、年に2回の企画展を行うなかで、似たようなテーマになるのは避けられません。しかし、研究が進むなかで得られる新たな知見や視点の変化を取り入れることで、常連のお客様からも『新しい発見があった』と好評をいただいています」といいます。
常にアップデートされることで、学びの深さや視点の広がりが感じられる展示の裏には、学芸員の発想力と立山が息づいています。
富山県で育つと、小中学校の遠足などで立山に登る機会が一度はあります。立山は、富山県民にとって特別な存在であり、〈富山県[立山博物館]〉は、そんな県民性を感じられる場所なのかもしれません。
tel:076-481-1216
access:千垣駅からバスで約5分 ※運行日は立山町営バスのHPをご確認ください
開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、年末年始
※〈まんだら遊苑〉は、12月1日から3月31日まで冬季休苑
観覧料:3施設セット券650円、個別観覧券もそれぞれの施設で販売
Web:富山県[立山博物館]
Instagram:@tateyama_museum_of_toyama
credit text:岩井なな