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ミニシアター〈ほとり座〉のチケットカウンター
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“観たい”、“知りたい”を訴求する、
商店街にあるミニシアター〈ほとり座〉

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良質な映画と出合う場を受け継ぐ

国内外の知られざる名作を上映するミニシアター〈ほとり座〉。さまざまな映画の上映を通して、”映画体験”というものを提供することで、単なる鑑賞を超えた文化発信やコミュニティの創出が行われています。その独特のスタイルは、まるで〈ほとり座〉を切り盛りする株式会社〈エヴァート〉代表・田辺和寛さんのこれまでの生き方や働き方が反映されているようでした。

田辺さんは富山出身。DJとして東京で活動し、ミュージックバー〈Orbit〉に勤めながら、オーガナイズやブッキングにも携わっていました。

「僕が働いていたミュージックバーは都心にありながら、さまざまなジャンルのミュージシャンやカルチャー界隈の方々、さらに地元の人が集まるローカライズされた場所で、雰囲気がすごくよかったんです。オーナーが信頼して店を任せてくれ、壁をぶち抜いてDIYしたり(笑)、スピーカーの配置を変えたり、自由にさせてもらっていました。次第に“この人とこの人が組んだらいいんじゃないか”と、ブッキングの仕事もするようになりました」

株式会社〈エヴァート〉代表・田辺和寛さん
〈ほとり座〉を運営する田辺さん。ゆったりとした座席が印象的なシネマホールにて。

田辺さんにとってバーの運営は、やりがいのあるもので、今の映画館運営にも通じる能力を発揮していたようです。一方で、DJとしての音楽活動においては、東京の消費的なやり方に違和感を感じ始め、それは、地元・富山への思いと交錯していきます。

「自分自身、音楽活動にやりがいは感じていたものの、東京は人が多い分、代わりはいくらでもいます。常に新しいことをやらないとすぐに飽きられてしまう。刺激はありましたが、もっと土地に根づく文化活動ができないかと思い始めました。東京生活10年目という節目に東日本大震災が発生し、そのタイミングで地元に戻ることにしたんです」

シネマホールへの扉
ブルーグリーンの壁に赤い扉が印象的な〈ほとり座〉。

2011年に富山に戻り、地元のイベント企画会社に就職。2014年に中央通りに〈HOTORI〉と名づけたイベントスペースを開きました。音楽ライブをメインにトークライブなども行いながら、カルチャー発信地として徐々に注目を集めるようになります。すると、田辺さんにミニシアター運営の話が舞い込みました。

「2016年、まちなかにあったミニシアター〈フォルツァ総曲輪〉が閉館することになり、当時の館長から、映画館の機能を引き継いでくれないかと相談がありました。僕が東京時代に単館系の映画館に足繁く通っていたのを知ってくださって声をかけてくれたのか、経緯は謎ですが(笑)。僕がもともとDJという存在を知ったのも2PACというラッパーが出演していた『Juice』という映画からだったので、映画の普及に役立てるようであればと思い、すぐに快諾したんです」

田辺さん自身、これまで携わってきた音楽業界とはまったく違うジャンル。新しい挑戦でしたが、共通点とやる意味を見つけたようです。

「若い頃に勤めていたレコードショップでは、リリースの文字情報と自分の知識だけを頼りにレコードを発注しなくてはなりません。上映映画を決めるのもその感覚に近いのかなと。監督や出演者、配給会社、題材を見ながら1か月の作品ラインナップのバランスを考える。これまでのノウハウを生かせば、自分にもできるはずだと思いました。また、全国には20席ほどの小規模映画館があることも知っていたので、がんばればなんとか運営できるだろうと」

上映されてきた映画のポスターが壁に一面に並ぶ
政治ドキュメンタリーからヒューマンドラマ、中国映画の名作など幅広いジャンルがラインナップ。

そして、東京からUターンした田辺さんには、しっかりと地方都市のカルチャーにおける課題感も見えていました。

「まちなかから映画館がなくなってしまうことに危機感を感じました。音楽やファッション、建築などのカルチャーから社会問題、時事ネタまで、ミニシアター系作品には配信作品やシネコンでは観られないジャンルのものが多い。これが富山で観られなくなるのはもったいないと思いました」

即座にプロジェクターとスクリーンを購入し、20席ほどのミニシアター〈ほとり座〉が完成。シネマカフェというかたちで、映画の上映だけでなく、飲食や音楽ライブも楽しめるスペースとして徐々に広がりを見せます。

「もともと土地に根づく文化活動をしたいというのが富山に帰ってきた理由だったので、自分のやりたいことができている実感がありました」

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