客層を広げるためのさまざまな工夫
その後、閉館したままだった〈フォルツァ総曲輪〉の劇場を再び稼働させたいとオファーがあり、〈ほとり座〉移転の話が動き出します。
「“シネマカフェ”から本格的な映画館へ移るとなると、席数が一気に増えます。ただ、前身の〈フォルツァ総曲輪〉は公民館のような雰囲気で、メインの客層はシニア層。以前のイメージのままでは、客層が広がらないし、経営は10年も持たないでしょう。僕たちの使命は若いお客様を増やすことだと思って、リノベーションすることにしました」
狭い間隔の客席はひとりずつゆったり座れるように余裕を持たせ、座り心地をアップデート。また、音響にもこだわり、上質な音とともに圧倒的な映画の世界観を楽しめるように。エレベーターを開けて飛び込むのは鮮やかなブルーの壁。その手前にはカフェスペースも用意しました。
「お金がなかったので、自分たちで棚をつくったり、壁を塗ったり、DIYしました。東京のミュージックバーでの経験がここで生きてますね(笑)。エレベーターの扉が開いた瞬間に日常から切り離される。そういう空間を目指しました」
2020年4月の開館に向け準備を進めていたものの、新型コロナウイルスの影響で延期を余儀なくされます。6月にはなんとかオープンに漕ぎ着けましたが、順調な船出とはいきませんでした。
「外出が制限され、いつ正常な営業ができるのかと不安な状況が続きました。1日の来場者数が8人という日もあったくらい。そんななかで、地元・富山を題材にした『はりぼて』という作品を上映したとき、3週間で来場者が2000人を超え、初めて手応えを感じました。観たい、知りたいという人間の根源的欲求は流行病を乗り越えられる。そうした成功体験を重ねて、徐々にスタッフからも“もっとこうしよう”と新しい試みや企画が上がってくるようになりました」
田辺さんの奥様と若いスタッフが中心になって考えているというフード&ドリンクメニューもそのひとつ。自家製チャイやスパイスコーラなど気になるメニューが充実しています。
「映画を観ながらおいしいコーラが飲めたらそれだけで少し特別な映画体験になると思うんです。だから、ここでしか味わえないものを大事にしたい。インド映画『RRR』の上映時に提供した自家製ラッシーもすごく好評でした。〈ほとり座〉ファンのなかには『次は何をしてくれるのかな?』と楽しみに来てくださる方も少なくありません。お客様の反応を見て、次はこれをしてみようとスタッフと一緒になって考える。そういったセッションが楽しいですね」
お客さまの顔を覚え、意見を聞き、柔軟に対応できるのもミニシアターの強み。また〈ほとり座〉では「シネマステューデントクラブ」という独自のサービスも。学生であれば1本の映画を500円で観られるそうです。こうしたチャレンジを実現できるのも、小規模ゆえの柔軟性のおかげでしょう。
「配信が当たり前になっている若い世代にこそ、映画館で映画を観る鑑賞体験のすばらしさを伝えたい。このサービスは、今年、高岡のミニシアター〈御旅屋座〉の学生バイトから弊社に入社した社員が提案してくれたんです。若い世代に映画館で映画を観る時間を増やしてもらわないと、映画業界に未来はないと思っています」