材料の採集から木を組むところまで
山とともにある「かんじき」づくり
かんじきは、雪面の歩行や登山、山仕事など雪国での生活を支えてきました。その歴史は古く、富山の立山登山の玄関口、芦峅寺(あしくらじ)でつくられていた〈立山かんじき〉の起源は1200年以上も前に遡るといいます。
伝統的なこのかんじきは、昭和の中頃より初代・佐伯春吉さんが製作を始め、その後は息子である佐伯英之さんが修行を経て2代目となり、半世紀にわたって親子でつくり続けてきました。
唯一の立山かんじき職人でもあった佐伯英之さん。しかしながら2018年、高齢のため引退を決意。このままでは日本のかんじき職人がいなくなってしまう。そんなときに後を継ぎたいと名乗り出たのが、現当主であり3代目の荒井高志さんでした。
「これは、アブラチャンっていう木なんですよ。わりとベーシックな山木(やまぎ)で全国どこにでもあるけど、標高が高いところの木じゃないとやわらかくて折れやすい。ほかにもクロモジを使います」
かんじきの材料は、自らの手で採りに行きます。いずれも立山山麓周辺の標高400メートルから1000メートルのあいだに自生する植物。草木が生い茂っていると足元が見えづらく歩きにくくなるため、採集時期も紅葉のおわりから雪が降る前まで、そして雪解けから植物が芽吹く春までのあいだの年2回と限られています。
山に行くときは、熊鈴とラジオが必須。相棒の柴犬もいっしょに連れて行きます。熊とはたびたび遭遇したことがあるという荒井さん。山の良さも怖さも知っているからこそ成り立っている仕事です。
荒井さんのかんじきづくりは、山の季節とともにあります。製作期間は4月の終わりごろから7月までの3か月間と、暑さが少しずつやわらぐ9月から10月下旬まで。8月は猛暑のためストーブを使う作業はせず、早朝の時間帯のみ、かんじきの重要なパーツである「爪」をつくります。冬は出荷の縄巻きの作業と、採集した材料や春になる前の採集に向けた準備が中心です。
「まず、採ってきた木をカットして、一晩水に浸けておいたものを翌朝に釜で3時間ぐらい煮るんです。今やっているのは曲げの工程。やわらかくなった木を力いっぱい曲げていきます。全部おわったら3か月ぐらい乾燥させて、今度はかんじきの形に組んでいきます」
「ちょっと離れとってね、木がそっちに飛んでっちゃうかもしれないから」
釜から取り出した木を型に押し当て、歯を食いしばって曲げる荒井さん。その表情を見ていると、思わずこちらも力んでしまいます。1回で行う曲げの作業は本数にして120本前後。1本1本、力を入れて曲げるといった工程を繰り返す、たいへん体力の要る作業。終わる頃にはだいぶ息も上がっています。