かんじきという道具ならではの魅力と
山遊びの楽しみを知ってほしい
「今は毎日充実してますわ。『六十の手習い』って言葉があるように、何事も、何歳から始めても遅すぎることはないですよ。僕は商売を辞めるときに、いい歳のとり方をしたいと思っていたんですよね。それに毎日遊べっていわれても、そうはいかないもんですね。かんじきをつくるという目的があるからこそ遊べるんです。体が辛いなあと思ってもお客さんには迷惑かけられないから、材料を採ってこなきゃならんなっていう意識が働くわけですよ。よく働いてよく遊ぶのが健康的でしょう。最近は夕方、家内といっしょに温泉に行くのも日課です」
春は山菜採りに夏はイワナ釣り、秋はきのこ狩り……。かんじきづくりを始めてから、夏は朝4時に起きて仕事をし、10時には山へ出かけるという荒井さん。自然に合わせた時間の過ごし方が、今ではすっかり体に染みついています。
「たとえば、天然の舞茸でつくる舞茸ごはんがどんなにうまいか。なめこでも、かさの大きいのを食べてみてほしい。あとは山菜だったらコシアブラ。天ぷらがいいっていう人が多いけど、おひたしで食べるのが最高。それから天然のわさびって、葉っぱを食べると本当にうまいんですよね」
いきいきとした表情で語る荒井さんの話を聞いていると、瑞々しい山の恵みと景色が目の前に浮かんできて、五感がうずくようでもありました。日頃から自然に親しみ、山に足を運んできた人でなければ伝えられない魅力があります。
立山かんじき工房には、荒井さんのような山好きの人が全国各地から訪れます。そのほか猟師や林業に携わる人など、仕事でかんじきを使う人も多いのだとか。雪山での移動手段はスキーを履くことが多いものの、板が長いと樹林帯で小回りが利かないという欠点も。そこで活躍するのがかんじきというわけです。
「立山かんじきや和かんじきの利点は、着脱がしやすいところ。かんじきの場合は紐を結ぶだけなんで、手袋をした状態でその場で履けるんですよ。山好きは標高が高いところに行く人が多いんですけど、雪山のマイナス10度以下の寒さのなか素手で作業するっていうのは厳しいから、その点はいいと思います。現代のスノーシューなどはナイロンテープを金具に通さなきゃいけなかったりして、厚手の手袋をしているとなかなか難しい場合がありますよね」
もうひとつ、木という素材ならではのメリットもあります。
「金属の素材と違って木の場合はたわむから、そのぶん衝撃が吸収できるんですよ。たとえば段差を飛び降りたりしても、膝や腰への衝撃を抑えてくれる。軽くてコンパクトだと抵抗も少ないから、歩きやすいんじゃないかと思います」
丈夫で履きやすく、機能美にすぐれたかんじきという道具。この地に息づく伝統的な手仕事は今、日本に残るたったひとりの職人によって受け継がれています。立山連峰を臨む工房で、荒井さんの手によってつくられる立山かんじきを履いて、雪の上に広がる景色を見てみたくなりました。
tel:076-483-3615
access:富山駅から車で約30分、富山地鉄不二越・上滝線「大庄駅」より徒歩約7分
営業時間:10:00~17:00
定休日:火・水・木曜(不定休)
Web:立山かんじき工房
credit text:井上春香 photo:石阪大輔