山のイラスト
〈桝田酒造〉5代目当主・桝田隆一郎さん
lifestyle

酒づくりを継承しながら、岩瀬のまちを醸す。
〈桝田酒造〉5代目当主・桝田隆一郎さん

series|とやまの居心地達人

しみじみ飲めば、心がほどけていく。
日本の「酒」の力を信じている

「仲間たちとみんなで集まってごはんを食べたり、好きな人たちとワイワイお酒を飲んだりしているときが、僕にとって居心地がいいというイメージに一番近いかもしれません。自分がそうやって楽しんでいるのはもちろん、みんなが楽しそうにしているのを見ているのも好きなんです。

うちの蔵では毎日、夕方5時ぐらいになったら杜氏さんたちと一緒に晩酌をするんですけど、やかんに一升瓶と水を入れてコンロで沸かして、熱燗にしてコップ酒で飲むんです。その時間がたまりませんよね」

〈桝田酒造店〉の外観
明治26年創業の〈桝田酒造店〉。江戸時代から明治時代にかけて北前船の交易で栄えた港町、富山県の東岩瀬町に蔵を構えている。

そう話すのは、富山を代表する「満寿泉(ますいずみ)」の蔵元、〈桝田酒造店〉5代目当主の桝田隆一郎さん。富山市の北部に位置する東岩瀬町で生まれ育ち、家業である酒造りを営むかたわら、岩瀬のまちに残る古い町屋や蔵をリノベーションし、飲食店や作家の拠点づくりも行っています。

〈桝田酒造店〉でつくられるお酒がディスプレイされている
「シーバスリーガル」の樽で日本酒を熟成させた「リンク8888」や、ワイン酵母で仕込んだ「満寿泉GREEN」などは大きな話題を呼んだ。

「美味しいものを食べている人しか美味しい酒は造れない」という「美味求真(びみきゅうしん)」をモットーに掲げ、世界照準での酒造りに取り組む桝田酒造店。スコッチウイスキー樽で熟成した日本酒やワイン酵母で醸す日本酒、さらにはドン・ペリニヨンの元醸造責任者であるリシャール・ジョフロワ氏との日本酒プロジェクト「IWA」のコラボレーションは大きな話題を呼び、伝統的な酒造りを守りながらも新たな挑戦をし続けています。

インタビュー中の桝田隆一郎さん
桝田酒造店・5代目当主の桝田隆一郎さん。富山県酒造組合の会長も務める。飲食店や作家の拠点づくりを中心とした活動も行う。

「一方で、『おいしい』に正しいも間違いもないと思っています。ただ、真面目に誠実につくられているかどうかは大きな違いがある。今、世界のトップの人たちはみんな同じ味覚を持っていて、どんどん繊細な味がわかるようになってきているんですね」

豊富な海の恵みと山の恵みが集まる富山では、当然ながら日本酒も素材を活かすことが求められます。もうひとつ、桝田酒造店が考える酒造りには、「酒の味は時代と共に変化するもので、その時代の感性に合った酒がある」という考えが根底にあります。

「満寿泉」の酒蔵
路地を抜けると見える大きな建物からは、高い煙突が伸びている。桝田酒造店の裏側に位置する「満寿泉」の酒蔵。

酒造りにおけるポリシーというのはなく、目の前に楽しいことや新しいことがやってきたときに、それをやってみたいと思うかどうかを大切にしているという桝田さん。日本の「酒」の独自性については、こんなことを話してくれました。

「日本人でも外国人でもだれでもそうなんですけど、熱燗を飲むときって無意識に肘をついて飲むことが多いんですよね。あったかい燗酒を飲んでいると、だんだんと背中が丸くなって肘をつくという現象が、おもしろいぐらい起きるんです。自然と体の力がゆるむというか、ほどけるんですよね。

そのときにあらためて思うんです。これはやっぱり酒の力だよなって。シャンパンを飲んでもそんなふうにならないから。おいしいんだけど、しみじみとしたものはないんです。それがまさに、日本の酒にはあるんですよ。どんな人の心をもつかまえるから、すごい力だと思いますよ」

この記事をポスト&シェアする