地方出身者であるという
アイデンティティに気づいて。
富山の女子高生をリアルに描く
小説家・山内マリコさん | Page 3
series|I’m Your Home. ~挑戦する君へ、先輩たちの言葉~
ふるさとを離れて暮らすことは、
地方出身者のアドバンテージ
女性同士の連帯や親密な結びつきを示す「シスターフッド」や、地方都市が抱える社会的な問題も作品のなかで描く山内さん。この社会派な一面を描けるようになったのも、県外で過ごした日々が関係しているようだ。
「女性同士の友情をテーマにした小説を書きたい、というのは最初から明確だったんです。フェミニズムの本を読んでいくうちに、さらに地固めしていって、“女性であること”自体が自分にとって大きなテーマになりました。
小説家にとってデビュー作は名刺代わりになるもの。さらに自分を掘り下げるうちに、地方出身者であるというアイデンティティに突き当たりました。このことに気づいたのも、県外に出て、いろいろなまちに住んでみたからですね。
読書の幅を広げて、社会学などいろいろな本を読んで勉強するなかで、自分にとって当たり前の存在だった富山のまちについて、俯瞰して見るようになりました。
大阪、京都、東京という特色のあるいくつかのまちでの暮らしを経たことで、初めて自分の生まれ育ったまちを相対化できるようになり、地方都市としての富山というものが見えてきました」
迷った期間があったからこそ、現在の作風を確立できた山内さん。そんな彼女に、これから進路を決めなければいけない若者たちへのアドバイスを求めると「やりたいこと、なりたいものは複数持っておいたほうがいい。多ければ多いほどいいんじゃないかと思います」。また、進学などで県外に出る体験もすすめたいという。
「もし自分が富山から出ずに生きていたら、都会に対してずっと恐れがあっただろうなと思います。富山以外の世界を、怖いと思いながら生きてしまう。それが高じるとどんどんテリトリーが狭くなってしまう。またそれをひどくコンプレックスにも感じて、内向きになっているだろうなぁと想像がつきます。
親元を離れて知らないまちにひとりで住むというのは、人生最大の冒険のひとつですよね。それって実は、東京の中心部に生まれた人たちにはできないドラマチックな体験。18歳で、たったひとりで航海に乗り出していくという人生の醍醐味を味わえるのは、地方出身者にとっては数少ないアドバンテージだと思います」
現在は東京を拠点に活動するが、今後はどこで暮らすか決めていないという山内さん。いまは富山と東京の距離感が気に入っているようだ。
「私が高校生だった頃と違って、いまだったら北陸新幹線で2時間ちょっとで帰れるから、遠い場所ではないんですよね。いまでもよく帰っているし、そんなに故郷と断絶している感じもない。“何かあったら、いつでも帰ります”みたいな、いい距離感でいられています」
新しいまちで暮らし始めるのには勇気も必要だが、いつでも気軽に地元に帰れると考えれば、はじめの一歩もきっと軽やかになるはず。
それでも心のふんぎりがなかなかつかない人は、ぜひ『逃亡するガール』を読んでほしい。主人公がラストでする決断は、きっとあなたの背中を押してくれ、これから先に見る世界をぐんと広げてくれるはずだ。
1980年富山県生まれ。2008年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2012年、受賞作を含む連作短編集『ここは退屈迎えに来て』を刊行しデビュー。2024年11月に初めて富山を舞台に描いた『逃亡するガール』を上梓。その他の著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』『マリリン・トールド・ミー』など。
2024年11月20日発売
U-NEXT 990円
Web:I’m Your Home.
credit text:林みき photo:ただ