変わりゆく時間に価値を見出す
〈わびさびポット®〉の魅力
〈#SilenceLAB〉の第1弾商品として、カイジュウインクさんのアイデアを元に植物の器にした香炉〈わびさびポット®〉を開発。植物を植えるために底に穴を開けたほか、職人が新たに着色加工を施すことで、普通の香炉とは異なる魅力を纏ったその器は、いわば過去と現代の職人の“共同制作”により生み出されたものでもありました。
こうして〈#SilenceLAB〉の活動が本格的に始まりましたが、開発当初に大きな事件が起こったといいます。
「実は最初は〈わびさびポット®〉という名前ではなく、単純に〈仏具鉢〉という名前をつけていたんです。反応を確かめようとインスタグラムで紹介したら、一般の方から全日本宗教用具組合にクレームが届いたんです」
そのクレームとは「仏具を植木鉢として使うことはけしからん」といった内容のものだったそう。それが全日本宗教用具組合の理事会の検討議題になってしまいました。理事会への出席要請のメールを受け取ったとき、橋本さんは「終わったな」と思ったそうです。
「全日本宗教用具組合は日本で唯一の宗教用具業界の全国的組織なので、取引先の仏具店はすべて加盟しているんです。もし理事会で〈仏具鉢〉の取り組みは駄目だと言われ、今後は〈ハシモト清〉から仏具を買うなと言われたら、会社が終わってしまうと思ったんです。不安なことばかりが頭をよぎって、数日間落ち込みましたね」
しかし、その理事会への呼び出しがある意味で“転機”になりました。理事会の役員に〈#SilenceLAB〉の取り組みを理解してもらうため、改めてなぜ香炉を植木鉢にするのかをじっくり考え直す時間ができたからです。
「はじめは会社にある大量のデッドストックを、ただ溶かすよりも新たなかたちで売れるようになれば会社の利益にもなる……という単純な思いで始めたことでした。でも改めて考えてみると、昔の仏具は細かい装飾まで本当に凝っていて、今の技術ではつくれないものが多いんです。かつての職人さんの思いと技術が詰まった仏具が世に出されずに溶かされるぐらいなら、違うマーケットに出してこの技術を伝え継いでいったほうがいい。むしろやらなければならないことなんじゃないかなと、決意のようなものが生まれました」
時代の流れに沿って、モダンでミニマルな仏具が主流になっていくうちに、昔のような細かい模様が施された仏具は売れなくなっていきました。売れないものは注文が入らなくなるので、職人も当然つくらなくなります。職人の数も減っています。こうして時代が経るごとにかつての技術は失われていってしまうのです。
このままでは技術は廃れ、職人の数は減っていく。その状況を変えるために〈#SilenceLAB〉の活動は何か意味のあるものになるかもしれない。そう活動意義を自覚した橋本さんのプレゼンは、同じ仏具を扱う者同士として全日本宗教用具組合の理事会にも納得してもらえました。しかし、〈仏具鉢〉という名前では勘違いしやすいので、名前と伝え方を改めることにします。発案者であるカイジュウインクさんやコピーライター、職人たちと一緒に考え、〈わびさびポット®〉と名付けました。
「仏具の主な素材である真鍮は経年変化しやすい素材です。使いこむうちに朽ちていくこの器には、常にどこか寂しさを感じる部分があります。そして、その寂しさを共有する時間が積み重なるにつれて、空間や場所に器がどんどん馴染んでいく。時間がつくり出す情緒を感じられるこの器には『わびさび』という言葉がピッタリだと思いました」
確かに「時間の積み重ね」を感じる瞬間やものが最近少なくなってきました。特に都市部では、めまぐるしいスピードで変わるまち並みにどこか心許ない感情を覚えることがある人もいるのではないでしょうか。
「今の時代、ほしいと思ったら翌日にもう出来上がったりするものも多いですよね。でも職人さんたちの仕事を見ていたり、〈わびさびポット®〉に植えた植物の成長を見たりすると、時間というのは、一日にして成らないということを身をもって実感します。時間を感じ取れるものが身近にあるというのは、とても意味のあることだと思います」