逆転の発想から生まれた錫100%の「KAGO」
確かに錫100%でつくられた金属なのに、自由自在に曲がる器。用途やスペースに合わせて形を変えられる、その器の名前は「KAGO」。まさに夢のようなテーブルウェアを生み出しているのは高岡市の鋳物メーカー〈能作〉です。
この画期的な製品によって、能作の名は一躍全国へと広がっていきました。ほかにも能作では真鍮などの金属材料を用いてさまざまなデザイン性の高いアイテムをつくっています。
高岡市は地場産業の「高岡銅器」が国指定の伝統的工芸品に指定されているなど、日本を代表する鋳物の産地です。高岡と鋳物の歴史は古く、始まりは今から400年以上前の江戸時代まで遡ります。鍋・釜・鉄瓶などの日用品や、鋤・鍬などの農耕具の鉄鋳物を生産するところから始まりましたが、時代の流れとともにその技術は洗練されていき、多種多様な製品をつくるように。いつしか高岡を代表する産業となったのです。
能作の本社は新高岡駅から車で約15分。鋳物をつくっている会社とは思えないモダンな外観の建物にまず驚かされます。カフェやショップが併設され、工場見学や鋳物製作体験もできる本社工場は、今や高岡の観光名所のひとつにもなっています。
現在でも鋳物生産において国内トップシェアを誇る高岡市に、能作が誕生したのは1916年。創業当時は仏具や茶道具などを製造する会社でした。それから長らく下請けのメーカーとして鋳造業を営んできましたが、現・代表取締役会長の能作克治さんが入社したことで転機を迎えます。
「父はもともと新聞社のフォトグラファーでした。職人としてはゼロからのスタートだったのですが、そこからひたすら鋳造技術を学んで、職人としてのキャリアを積んでいきました。父が入社するまでは一般生活者向けの自社ブランド製品はなかったのですが、それまで会社が磨き上げた技術を生かして、その開発に取り組むようになります」と話す、代表取締役社長の能作千春さん。
能作の歴史のなかで、克治さんが取り組んだ自社製品の開発はとても大きな業績になりました。
「2001年に原宿で行われた展覧会で、父は真鍮製のベルを自分でデザインして製作しました。これまでの仏具や茶道具から一歩抜け出して『より日常のなかで使えるものをお客さんに届けたい』という父の思いから生まれたこの真鍮ベルは、能作の大きな転機となりました」
自社ブランド製品の開発という大きな一歩を踏み出した能作でしたが、売れ行きは思わしくなく、店員さんからのアドバイスを受け、形を変えて風鈴として売ることに。これが大ヒットとなり、能作の製品を取り扱う店は広がっていきました。
さらに製品開発の挑戦は続きます。風鈴は売れましたが、使用するのは夏のみ。そこで克治さんは季節を問わず、より日常的に使える食器の開発にとりかかります。
「今では素材も進化していますが、当時真鍮を使った食器は食品衛生法上の観点からいろいろな制約があり、つくることが難しかったんです。そこで安心安全な食器として活用できる金属として、父が目をつけたのが錫でした」
錫は金属の一種ですが、非常に柔らかく、手の力でも曲げられるのが大きな特徴。しかしその特徴ゆえ、通常はほかの金属と混ぜて硬度を持たせることが一般的です。しかし克治さんは、なんと錫100%の製品開発にこだわりました。錫で食器をつくることは当時ありえないことであり、それまで誰も挑戦したことがないことでした。
「『錫合金でつくるのは他産地の真似になってしまうし、何よりおもしろくない』という父の思いから錫100%の製品開発は始まりましたが、これまで真鍮や銅を扱ってきた職人にとってその加工は未知の領域。売れ行きも鳴かず飛ばずでした。それでも試行錯誤を続け、ついに錫100%の“曲がる”特性を生かすという逆転の発想を父は思いつきます。そして2008年にKAGOが誕生しました」
現在は能作を代表する製品のKAGOですが、最初は曲がる器だということを生活者になかなか理解してもらえなかったそうです。しかし2009年に〈日本橋三越〉に初の直営店を出店したことでPRがしやすくなり、次第に能作と曲がる器の名は全国に知れ渡るようになっていきました。