山のイラスト
〈家’s〉代表取締役の伊藤昌徳さん
craft

「古いものは捨てる」を改める。
アップサイクル家具を生む〈家’s〉の挑戦

series|リメイド・イン・トヤマ

使われなくなったタンスとの出合いが人生を変えた

天板と背面にアクリルをはめこんだタンス
家’sの事務所に置かれていた、天板と背面にアクリルをはめこんだタンス。

「old × new = The new」。古いものに新しいものを掛け合わせることで、真に新しいものが生まれる。この言葉が〈家’s〉のミッションです。

タンスとアクリルを掛け合わせ、まったく新たなインテリアとしての価値を生み出すブランド〈P/OP(tansu × acrylic)〉や、木彫りの熊とアートを掛け合わせたアップサイクルプロジェクト〈Re-Bear Project〉などでそのミッションを体現し、さらにホテルのリノベーションや施設のリニューアルプロジェクトのプロデュースなど、さまざまな“The new”な活動を行っています。今では東京や海外の感度の高い人々からも注目を集めています。

高岡市にある元ゲストハウスの古民家
伊藤さんがかつて営んでいたゲストハウス。ここから家’sの歴史は始まりました。

創業者であり、代表取締役である伊藤昌徳さんが家’sを設立したのは2017年。最初は今のようなアップサイクル事業を行う会社ではありませんでした。北海道出身で、大学卒業後は東京で働いていて、家’sを起業するまで富山を訪れたこともなかったそうです。

もともと起業意識が高く、地方に興味のあった伊藤さんに、知人が富山の空き古民家を紹介してくれ、そこで初めて富山を訪れ起業を決意。その古民家を改装し、当初は1棟貸しのゲストハウスの運営を行なっていました。

「でも全然食えなくて。なにかビジネスを見つけなくちゃと思って、いろいろ模索しているときに、タンスに出合ったんです」

伊藤昌徳さん
大学時代に国際経営学を学んでいた伊藤さん。ゼミの教授から「外貨を稼げ」「人と違うことをしろ」と教えられていたそうです。

タンスとの運命的な出合いは、近所のおじいさん、おばあさんから「使わなくなったタンスをどうにかしてもらえないか」と相談されたことでした。

「そのタンスを見たときに、めちゃくちゃかっこいいと思えたんです。でも同時に疑問も芽生えてきました。昔はものすごく価値の高かったタンスが、今ではほぼ価値がないものとされ、廃棄するにもお金がかかる状態になっている。それはおかしいと。そこからタンスを生かして何かできないか、試行錯誤する日々が始まりました」

試行錯誤の末辿り着いた、タンス×アクリル

伊藤さんが“試行錯誤”と表現したように、使われなくなったタンスをどのようにビジネスとして活用するか、数年は悪戦苦闘の日々が続きました。

日本では今、空き家問題が深刻になっています。1998年から2018年の間に空き家の総数は1.5倍に増加しており、世帯数についても2023年以降に減少に転じる見込みとなっています(出典:国土交通省「空き家政策の現状と課題及び 検討の方向性」)。つまり、これからさらに空き家の数は増えていくことが予想されているのです。当然空き家に残されて、使える状態のまま処分される家具も増えていくはず。

家’sの事務所の内観
古民家を改装した家’sの事務所。タンスのアクリルに合わせたピンクのライトなど、至る所にこだわりが込められています。

この日本の状況を改善させることができないか。最初に、タンスを普通に修理して販売することを考えました。しかし、これは思ったような結果を得られず。東京の建築会社やデザイン会社に修理したタンスを使ってもらえないか100軒以上回っても、ほとんど興味を示されなかったということです。

「やはり使わなくなったから、タンスを破棄しようとみんな考えるわけなので。普通に修理しても、そこにはニーズはなかったんです」

それならばと、アーティストとコラボし、修理したタンスに絵を描いてもらいました。まるでタンスとは思えない、新たな価値を手にしたタンスが誕生しましたが、そこでは新たに「流通」の問題が生じたということです。

「アーティストとのコラボレーションというかたちになると、どうしても価格がすごく高くなってしまって、なかなか流通しないものになってしまいます。それではアップサイクルの循環が、空き家の増加や家具の廃棄のスピードに到底間に合いません」

インタビュー中の伊藤さん
自らタンスに漆を塗ってみたり、さまざまなトライを重ねてきたそうです。

迷いのなか、伊藤さんはロンドンへと旅立ちました。タンスが日本で売れないなら、海外ではどうかと思ったのです。その営業が活路となります。現地の人々の思いがけない反応を目にするのです。

「みんなタンスの『軽さ』に驚くんです。いいタンスには桐という木材が使われているのですが、桐はとても軽いのが特徴。海外だと、いい家具は逆に重くなるものなので、おもしろがってもらえたんです」

タンスの「軽さ」に注目した伊藤さんが“現代の桐”として目をつけた素材が「アクリル」でした。

「桐とは相反するイメージのものを当て込むのが、すごくおもしろいと思い、桐が古くなってボロボロになっていた箇所に、ビビッドなカラーのアクリル板を入れました。アクリルなら軽いし、加工しやすい。強度を保ち、価格の上昇は抑えたまま、タンスの印象をガラリと変えることができました」

ビビッドピンクのアクリルを天板に使ったタンス
このタンスでは天板にもアクリルを用いていますが、基本的には壊れやすい背面のみアクリルに替えています。

使われなくなったタンスを最小限の修理と加工で、まったく違う価値をもたらすことに成功したこのプロダクト。昨年、〈P/OP(tansu × acrylic)〉という名でブランドとしてローンチしました。

富山県内から集めてきたタンスが、東京やロンドン、韓国など各地でPOP UPイベントを行ない、世界にまで広がっています。最初にタンスと出合ってからブランドがローンチするまで、3年の月日が経っていました。

「最初はビジネスのために、使われないタンスをどうにかできないかと考えていました。でも3年間毎日タンスのことを考えているうちに、タンスの本当の良さに気づくようになっていきました。日本の伝統的な家具とは何かといわれたら、やはりタンスだと思います。今ではすごく愛着もあって、次世代に残さなきゃいけないものだと本気で思っています」

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