1年を通じて多種多様でおいしい魚が獲れる富山湾。四季折々の旬の魚を食べ逃さないための「富山のすしカレンダー」。毎月3つのすしネタを、すし作家・岡田大介さんの食べ頃ポイントとともにお届けしています。今の季節にチェックしておきたい、おすすめのすしネタ、ヒラメ、マイワシ、マトウダイをご紹介します。
2月のすしネタ①|ヒラメ
食べ頃ポイント:独特の食感と濃厚な旨み! 王道は裏切らない
ヒラメとカレイは見た目が似ていることからよく比較されますが、見分け方は簡単。「口」を見るとその違いが一目瞭然です。頭を下に向け、顔を正面から見て両眼とも体の左側にあるのがヒラメです。修業中、「左ヒラメに右カレイ」とよく教わったものです(ヒラメとカレイの見分け方の違いとしてよく使われる言葉ですが、すべての種類がそうとは限らないようです)。
あまり知られていませんが、ギザギザに尖った歯と大きく開く口を持つヒラメは、アジやイワシくらいの魚なら簡単に丸のみしてしまうほどの肉食魚なんですよ。
白身魚の中でも旨みを強く感じやすいヒラメ。噛み締めるごとに味が出てきます。きっとおいしい獲物を食べて育った証なのでしょう。富山湾の2月のヒラメは体が分厚く、旨みも強く、数日間寝かせることでさらにその旨みは増していきます。
そして、人気部位といえばヒラメの「エンガワ」。ある食事の席にて、同席した方が「『エンガワ』という魚がいるのだと思っていました」とひと言。
では、エンガワとは一体何なのか? ヒラメやカレイがヒレを動かすための筋肉部位です。独特のコリコリした食感と、ジュワッと溢れる濃厚な旨み、そこに寄り添う酢飯。すし屋でエンガワばかり注文する人もいるくらい、魅惑的なネタです。
2月のすしネタ②|マイワシ
食べ頃ポイント:栄養も脂のりも抜群。永遠の賛美魚
海の中でカツオやブリに追いかけ回され、空からも鳥に狙われるイワシ。そして私たち人間も大好きな魚です。これはイワシがどの生き物にとっても栄養豊富でおいしいからこその事態と言えるでしょう。ほどよいサイズで身がやわらかく、脂ものっていておいしいですよね。
「天敵だらけの運命でかわいそう」と憐れむのではなく、「イワシのおかげで多くの生きものが命を繋いでいる」と、敬意を表しつつおいしくいただきましょう。
富山湾では、「まき網漁法」や、堤防からのサビキ釣りで釣ることができます。2月のマイワシは、見るからに脂がたっぷりのっていて丸々と大ぶりです。鮮度抜群のマイワシを、沸騰したお湯でさっと湯掻いて、茹でたてで食べるだけでもほっぺが落ちるほどの旨み。個人的にイワシのおいしい食べ方第2位に君臨しています。
では、第1位は? それはやっぱりイワシのすし! 生のイワシの握りずしはもちろんのこと、酢締めして、小骨まで柔らかくなったとろけるようなイワシの酢締め握りずしは、シメサバとはまた一線を画した魅力的なすしダネとなります。富山湾の豊富なプランクトンあっての富山のマイワシ、ここに賛美。
2月のすしネタ③|マトウダイ
食べ頃ポイント:格式高い存在感を放つ「ゼウス」と呼ばれる魚
海に潜っている時に、ふと横にマトウダイを見かけると、その黒い点が何か大きな魚の目に見えてゾクっとしたのを覚えています。きっと他の魚たちも、あの黒い点に驚いて逃げることもあるでしょう。マトウダイの名前の由来は馬の頭のような顔つき馬頭(まとう)からきています。体の横にある、黒い的(マト)のような模様から、マトダイとも言われているのだとか。
フランス語では「Saint-pierre」(サン ピエール)
スペイン語では「pez de San Pedro」(ぺ デ サン ペドロ)
イタリア語では「Pesce san pietro」(ペイシェ サン ピエトロ)
ドイツ語では「Petersfisch」(ピータースフィッシュ)
英語では「John dory」(ジョン ドーリー)
中国語では「遠東海魴」(ュエン ドン ハイ ファン Yuǎn dōnghǎi fáng)
このマトウダイ、世界を見渡すとキリスト教における十二使徒の一人、聖ペトロにちなんだ名前で呼ばれているのです。貢物のお金をマトウダイの口から取り出したとする伝承がある聖ペトロ。マトウダイの黒点模様は、このときにつけられた聖ペトロの指紋に見立てられてもいるのです。マトウダイの学名である「Zeus faber」 にギリシャ神話の全知全能の神ゼウス(Zeus)が使われているのも評価の高い魚としての位置付けを感じます。
なんとも格式高い存在感を放つ神魚マトウダイ、富山湾でも度々水揚げされています。
ウロコは細かく絨毛状で、触っても食べてもほぼないように感じるほど。数ある白身魚のなかでもかなり淡白な味わいですので、すしで食べる際には、目を瞑って自身の味覚を研ぎ澄まし、繊細な旨みを拾い上げながら楽しんでみてください。
1979年生まれ。すし職人歴26年。東京都文京区にてすし屋「酢飯屋(すめしや)」を経営する。現在は海、魚、すし、海藻にまつわる様々な情報を伝える「すし作家」として活動中。ディープなブログとSNSで発信し続け、料理人の新しい働き方を、体を張って日々探し続ける。著書に写真絵本『おすしやさんにいらっしゃい!生きものが食べものになるまで』(岩崎書店)など。Web|酢飯屋 Instagram|@okadadaisuke_sumeshiya
credit text:岡田大介 edit:花沢亜衣
参考文献:『すし本 海から上がって酢飯にのるまで』(大和書房)