木彫りの熊にアートの力をかけ合わせ、新たな命を吹き込む
さらに家’sでは、タンスだけでなく、木彫りの熊のアップサイクルプロジェクト〈Re-Bear Project〉も行っています。Re-Bear Projectを始めたのは2020年のコロナ禍でした。
「当時タンスのアップサイクル事業も、飲食店やホテルに卸したりして徐々に仕事をとれるようになっていましたが、新型コロナウイルスの影響でそれもすべてなくなってしまい、また会社が厳しい状況に陥りました。そこで次は、ずっと心のなかにあった木彫りの熊で何かできないかなと思ったんです」
北海道出身の伊藤さんにとって、木彫りの熊はどこか地元を感じさせる特別な存在でした。
木彫りの熊は、今から100年ほど前、冬の厳しい農閑期の間の収入源として北海道でつくられ始めたもの。昭和40年代の北海道観光ブームで人気の土産物となり、全国の家庭に置かれるようになりました。しかし、時代の流れとともに北海道の土産物の主役が海産物や菓子類に取って代わり、さらに生活様式の変化も相まって、木彫りの熊は次第に家のなかで“眠る”存在へと追いやられていきました。そうした木彫りの熊を救おうと考えたのです。
「コロナ禍の厳しい状況と、木彫りの熊が始まった歴史的背景を重ねて、今このときにできることをやろうと。タンスを引き取りに行ったとき、木彫りの熊がないか尋ねてみると、埃を被って放置されているものが意外とあるんですよ。そういったものを譲り受けて、もう一度、家のリビングに飾りたくなるように、『アート』の力をかけ合わせてみようと思ったんです」
こうして始まったRe-Bear Project。伊藤さんは引き取った木彫りの熊にまったく新しい価値を付与しようと考え、アーティストとコラボレーションし、忘れられていた木彫りの熊をアップサイクルしていきました。
「この人が手がけた木彫りの熊を買ってみたい、そう思えるアーティストさんに声をかけさせてもらっています。最初は5人からスタートしたプロジェクトも、どんどん広がっていき、これまで70体ほどのコラボレーション熊が生まれました。みなさんおもしろがって取り組んでくれて、どれも魅力的なものに仕上がっています」
ドライフラワーを活けたものや、ラメやラインストーンで装飾し質感がガラッと変わったもの、一度バラバラに分解しオブジェとして再構築したものなど、多種多様な木彫りの熊がこれまで誕生しています。
与えられた素材は同じなのに、アーティストの自由な解釈でここまで幅広い作品が生まれていく。アートの可能性を、このプロジェクトからはひしひしと感じます。
「熊とわかる部分をどこかに残してください、僕からおねがいすることはそれだけ。あとは何をやってもOK。依頼したあとはとやかく言わないですし、アーティストも完成した後に写真を送ってくれる人ばかりではありません。木彫りの熊が箱で送られてきて、それを開けるときが作品との初対面となることが多いんです。箱を開けるときが一番ワクワクしますよ」
これらの熊はオンラインストアや全国各地のPOP UPイベントで、展示・販売をしています。その売り上げの一部は木彫りの熊発祥の地とされている北海道八雲町に寄付され、八雲町の木彫りの熊の文化を守る活動に役立てられています。
「Re-Bear Projectでは、極力作家ものの木彫りの熊は使わずに、大量生産ものの木彫りの熊を活用しています。この活動によって、作家ものの木彫りの熊も売れるようになることが理想です」
かつて大量につくられ、今では放置される存在になってしまった木彫りの熊に焦点を当てたRe-Bear Project。そして今、少しずつ木彫りの熊ブームが起こっています。八雲町でも、最盛期の数にはさすがに及びませんが、木彫りの熊の現代作家さんが何名か活躍しているということです。
Re-Bear Projectがひとつの起点となり、木彫りの熊をめぐる循環の輪は確実に今大きくなっているように感じられます。